子曰く、知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず。
解説
これは、『論語』子罕篇にある、知・仁・勇の三徳を説いた言葉である。
知恵があれば物事の道理がわかり、その是非正邪を判断することができるから、事に臨んで迷うことがない。これが知者の徳である。
仁とは、人を愛する情や、他人の難儀を救う行為、よく国を治め万民を安住させることなどを指す。つまり仁者は天命を知り、一点の私心もなく、人間としての道を行う。だから、全ての物事に対して憂いがない。これが仁者の徳である。
勇者は、その心が大きく強く、常に道義にかない虚心坦懐であるから、何事に遭遇しても恐れることがない。これが勇者の徳である。
この三徳が備わっていれば、人間として完全だといえる。我々はこの域に達しないまでも、三徳に近づくように努力する精神を持ちたいものだ ―― そう渋沢栄一は語る。
彼はまた、三徳の中で最上の徳は仁だと述べている。知と勇は性格上の一部分であって、これだけで完全な人ということはできない。仁を兼ね備えて、初めて人間としての価値が生じる。
昔の英雄・偉人にも、知・仁・勇の三徳を完備した人は極めて少ない。たいてい一徳か二徳に偏っている。渋沢は、そうした中で、初代米大統領ワシントンや徳川家康は、三徳兼備の人だという。
編集部のコメント
古代中国の思想家・孔子の言行や、その弟子たちとの問答をまとめた書『論語』。
2000年以上にわたって読み継がれてきたこの古典の教えを、日常生活や仕事に応用して成功を収めた近代日本の代表的な人物が、「日本資本主義の父」といわれた渋沢栄一(1840-1931)です。
現在の埼玉県深谷市の豪農に生まれた渋沢は、幕末の動乱期に尊皇攘夷論に傾倒、その後、一橋家に仕えます。欧州を視察して帰国後、大蔵省租税司等を歴任。官職を辞した後は実業に専念し、第一国立銀行の創設をはじめ、500余りの会社を設立しました。
日本における資本主義的経営の礎を築いたその歩みの根底には、常に『論語』がありました。渋沢は終生この本を手放さず、「論語で事業を経営してみせる」とまで語ったといいます。
『渋沢栄一「論語」の読み方』は、渋沢がどのように論語を解釈し、いかに人生観と事業判断へと結びつけたのかを自ら説いた名著『論語講義』のエッセンスをまとめたものです。『論語』をひもとき、上掲の一節をはじめ161の言葉を選び、解説しています。
人生への取り組み方、自分の長所を磨き育てる工夫、そしていい人間関係の築き方 ―― 。渋沢が『論語』を通じて得た人生の教訓は、時代を超えて現代にも鋭く響きます。
『論語』を読んだ人もそうでない人にも、新たな発見をもたらす1冊といえるでしょう。




