アラブでは「結果」「生産」という言葉が、「ラクダが子を産む」という単語からできていることからもわかるように、「ラクダが子を産む」ことが生産であり、「ラクダの子」が生産物、あるいは結果、成果を意味する。
解説
アラブ世界は非常に過酷な場所である。熱風で子ラクダが死ぬ、穀物が砂嵐のために一瞬で消える、といったことが日常的に起こる。
こうした風土では、「労働の対価として成果物を受ける」という発想は生まれない。ただラクダが子を産むのを待つのが「生産」なのだ。全ては神の思し召しか、運不運以外にないという考えになる。
また、子ラクダが死んだり、穀物が枯れたりすることが日常的に繰り返されるアラブ世界は、今の努力が将来の成果と結びつかない世界である。そのため、歴史を現在と連続する“直線”として捉えるという発想も育たない。
アラブ人の世界観には、ごく稀に訪れる豊饒の時と、殺伐とした日常しかない。地獄の日々の中で彼らが考えるのは、すばらしい時の思い出だ。
「あの年はラクダが子を5頭も生んだよな」と思い、それをまた夢見る。このように、アラブ人は断片的な記憶(強烈ないい思い出)だけを持つため、歴史を線ではなく“点”でしか描けないのだ。
では、その歴史の始点はどこにあるのか。
イスラム教徒にとり、最初の強烈に喜ばしいこととは、他ならぬ神と人間との契約の時だろう。
レバノンの大学教授がアラブ人学生に、「歴史を自分なりの順序で現代から過去に遡って書いたらどうなるか」というアンケートを行った。
すると多くの学生が、1400年以上前の、預言者ムハンマドの時代を最初に書いたという。強烈な印象があるものほど、最近起こったことと感じるのだ。
これは非常に恐ろしい結果である。
そういう歴史観を持つ今の若者は、預言者の時代と同じ社会にし、同じ信仰心を持てば、地上は楽園に変わると考える恐れがある。そしてそのための1つの行為が、ジハードで命を懸けて戦う、となる。
編集部のコメント
2001年9月11日、イスラム教過激派によって行われた「アメリカ同時多発テロ事件」以降、アラブやイスラム世界に関する本が多数出版されました。多くは一般的な紹介本ですが、それらとは少々趣を異にするのが、本書『ジハードとテロリズム 日本人が知らないイスラムの掟』です。
著者の佐々木良昭氏は、中東情勢の考察・分析、アラブ・イスラム圏研究における日本の第一人者。イスラム諸国に豊富な人脈をもつ人物です。
佐々木氏は本書の「まえがき」で、アラブやイスラム世界の人々と長い時間を共にし、本音の付き合いをしてきたと語っています。『ジハードとテロリズム』は、その経験に基づいてイスラムの人々の考えや世界を描き出した、いわば“皮膚感覚”の本といえます。
なぜ、イスラム・テロが続発しているのか。イスラム教徒が唱える「ジハード(聖戦)」とは何なのか…。本書は、こうしたイスラム世界に渦巻く戦いの論理を読み解くとともに、彼らが抱く独特の歴史観や、現代のネットワーク社会が生み出したバーチャルな世界国家など、混沌としたイスラム世界の実像を浮き彫りにしています。
イスラム教は世界で2番目に人口の多い宗教で、世界には18.5億人のイスラム教徒(ムスリム)がいるといわれています(イスラム教について/一般社団法人ハラル・ジャパン協会)。ムスリム人口の増加に伴い、関連市場も世界中に拡大しています。
本書の発行は2004年ですが、イスラム世界が存在感を増しつつある今日、その実態を理解するためにも改めて手に取りたい一冊です。




