将棋には、最善手とそれに近いものが1つか2つあると、一方で悪手が100くらいあるのが普通ですが、人生も同じようなものではないかと思います。
解説
世の中には、「運」や「ツキ」といった、人間の知識や論理では解明できない「不可解な力」が存在する。それはどれほど大きいのか、測ることはできない。しかし、我々は生活するうえで、この不可解な力にずいぶん影響を受けている。
では、どうすれば、そうした力を自分に有利に使うことができるのか?
棋士の米長邦雄氏は、最も大事なのは「大勢判断」だという。すなわち、細部にとらわれず、全体を見る。このような姿勢は、「許容範囲」を大切にするという発想を教えてくれる。
例えば、豊かな人生を送りたいと考えた時、何でもやりたいことをしていいかというと、そうではない。ここまではいいが、ここから先はダメだ、ということを明確にする必要がある。
将棋でいうと、最善手ではないが、指しても問題ない手であれば、さほど思い悩まずに指してよい。しかし、悪手を指さないということには十分配慮をしなければならない。
将棋にしろ、人生にしろ、悪手を指すのは難しいことではない。
例えば、事故を起こす、人を殺すなどということは簡単にできる。横領する、盗むといった悪手はさらに簡単だ。人間が欲望を満たそうと行動すれば、たいてい悪手になる。
要するに、人生とは、悪手の山の中を歩いているようなものなのだ。こういう状況においては、悪手を指さないことほど大切なことはない。
編集部のコメント
受験や就職、仕事…。私たちが生きていく上で、「競争」や「勝負」は避けて通れません。本書、『人間における勝負の研究』は、こうした競争を勝ち抜くための“勝負哲学”を、トップ棋士が語った本です。
1982年に新書判で刊行された後、約10年を経て1993年には文庫化。初版刊行以来、長く読み継がれてきました。
著者は、棋士の米長邦雄氏。棋聖、棋王、王位などのタイトルを獲得し、引退後は日本将棋連盟会長として制度改革やファン層拡大に奔走した人物です。その棋風と人柄から、「さわやか流」と評されました。
本書の特色は、何といっても、著者が将棋という厳しい競争の世界で生き抜いてきた人物だということでしょう。
「新書判まえがき」によれば、プロを目指して棋士養成所に入る優秀な若者は、その8割がプロになれずに去っていくといいます。
「生存率2割」という過酷な世界において、米長氏は合計19期にわたりタイトルを保持し、永世棋聖の称号も獲得。さらに、史上最年長(49歳11カ月)での名人位獲得という偉業も達成しています。
この『人間における勝負の研究』では、将棋界きっての才人といわれる米長氏の勝負哲学が、数々の名言とともに語られます。
“勝負の3要素は、確率・勢い・運”、“大事なことこそ簡単に決めるべし”、“自分に有利な空気を創り出す法”…。棋盤での一手の決断からは、人生の決断に通じるものが見えてきます。
米長氏は、「文庫判まえがき」において、人間における勝負の研究とは、“勝利の女神に好かれる”ための研究であったと述べています。
人生の様々な場面で私たちが直面する戦いにおいて、いかにこの女神を微笑ませ、勝利を掴むか――。本書は、その指針を示してくれる本といえるでしょう。