〈 思考の三原則 〉
第一は、目先にとらわれず、長い目で見る。
第二は、物事の一面だけを見ないで、できるだけ多面的・全面的に観察する。
第三は、枝葉末節にこだわることなく、根本的に考察する。
解説
東洋思想の大家、安岡正篤氏は言う。
現代社会は多忙である。人間、忙しいとしみじみ話を聞くこともできない。それどころか、自分の大事な「心」まで失ってしまう。それは、いそがしいという「忙」の字が「忄(りっしん)」偏に「亡」と書くことから見ても、よくわかる、と。
江戸時代、幕府の大学総長の職に長くあった佐藤一斎は、著書『重職心得箇条』の中で「重役たる者は忙しいということを口にしてはいけない」と言っている。
つまり、忙しいと、文字通り心が亡して、大事なものが抜けてしまうからである。大事なものを失うようでは、重役としての務めは果たせない。
では、大事なものを失わないためにはどうすればよいのか。
上記の言葉は、それを失わないための、あるいは忘れているものを思い出すための原則を述べたものである。
とかく人間というものは、手っ取り早く安易に、ということが先に立つ。
そのために、目先にとらわれたり、一面からしか判断しなかったり、枝葉末節にこだわったりして、物事の本質を見失いがちになる。
これでは、本当の結論は出てこない。
物事というものは、大きな問題、困難な問題ほど、やはり長い目で、多面的に、根本的に見てゆくことが大事である。ことに人の上に立つ人ほど、これを心得なければならない。
編集部のコメント
東洋政治哲学・人物学の権威、安岡正篤。戦後の政財界リーダーの啓発・教化に努め、政財界の精神的支柱となったことでも知られる人物です。『人物を修める 東洋思想十講』は、そんな昭和の碩学、安岡正篤氏が10回にわたって行った講演の記録をまとめた本です。1977年に全国師友協会から発行された『東洋思想十講』という書を改題し、1986年に致知出版社より刊行されました。
ビジネスをはじめ、あらゆる分野における活動は、人材によってその成否が決まります。そして人材の輩出は、根本的には人がいかに「生きた教養」を身につけるかによって大きく左右されます。これは、古今東西変わらない人の世の鉄則です。
では、激動する現代において、そのような教養を身につけるにはどうすればいいのか。安岡氏は深い学識に基づいて、儒教、仏教、老荘思想、神道など東洋思想の英知を紹介し、いかに生きた教養を身につけるかを滋味あふれる語り口で説いています。
ものを考える上で大切な「思考の三原則」や、仏教の「五濁煩悩」、儒教の「六験と八観」…。紹介される東洋思想の哲理は難解ですが、本書ではそれが平易に、しかも実生活に即して語られます。 “安岡人間学”の真髄がふんだんに盛り込まれた、味わい深い良書です。