国家存亡や独立の危機において、頼みにできるのは自国だけだ。
解説
北欧のフィンランドは、西はスウェーデン、東はロシアと国境を接する、人口600万人の小国である。
今日、同国の国民1人当たりの平均所得はドイツやスウェーデンに並び、最富裕国の1つに数えられる。だが、第2次世界大戦開戦当時は貧しい国だった。
フィンランドには、1939年の苦い記憶がある。この年の10月、巨大な軍事力をバックに、ソ連がバルト海沿岸の4カ国、フィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニアにソ連軍駐留と基地建設を認めるよう迫った。この要求に対して、フィンランドだけが激しい抵抗を示し、大きな犠牲を払って独立維持を貫いた。
当時、ソ連侵攻に対し、フィンランドに支援を提供した国はなかった。アメリカもスウェーデンも、ドイツ、イギリス、フランスも、フィンランドを助けようとはしなかったのだ。
フィンランド人はこうした歴史から、国家存亡や独立の危機において、頼みにできるのは自国だけだということを学んでいる。そのため、今も男性には兵役義務があり、女性でも志願者は兵役に就ける。
編集部のコメント
『危機と人類〔上〕〔下〕』は、近現代において危機を突破した国の事例を考察し、人類が未来の劇的な変化を乗り越えるための道筋を示した本です。
著者は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の地理学教授、ジャレド・ダイアモンド氏。世界的ベストセラー『銃・病原菌・鉄』(草思社)の著者としても知られています。地球の環境問題の解決に向けて優れた研究をした人などに贈られる「ブループラネット賞」をはじめ、アメリカ国家科学賞やピュリツァー賞など、様々な賞を受けている人物です。
ダイヤモンド氏が本書で取り上げるのは、氏自身がよく知る7つの国の事例です。
ペリー来航で開国を迫られた日本、ソ連に侵攻されたフィンランド、クーデター失敗と大量虐殺を経験したインドネシア…。国家的危機に直面した各国国民は、いかにして変革を成功させ、繁栄への道を進むことができたのか。それぞれの事例を俯瞰・比較することを通じて、危機を克服するための教訓を導き出していきます。
本書の特徴の1つは、氏が世界の多くの国の中でも、特に日本を重視していることです。
氏は、本書で取り上げる7つの国について、原則として1つの国に1つの章を割り当てています。ですが、日本を含む2カ国にだけは、2つの章を費やしているのです。2カ国の残り1つは氏の母国アメリカであることからすると、日本の扱いは別格といっていいでしょう。少子化や膨大な国債発行残高、隣国との関係など、様々な問題を抱える日本。その今後を見通す上でも、本書の知見は参考となります。
本書のもう1つの特徴は、国家的危機への対処を論じるに当たり、「個人的危機」の解決法を出発点としていることです。氏は本書のプロローグで、国家と個人に共通する点として、危機に対応するために「選択的変化」が必要であることを述べています。それはつまり、自身の能力と価値観を公正に評価して、どの部分が変化後の新しい環境でも機能するか、どの部分を変える必要があるかを見極める、ということです。
この意味で、本書は大局的・長期的な視点で人類の未来を占う書であると同時に、今まさに人生の転機や苦境に直面している人々に、道を切り拓く指針を示してくれる書でもあります。
今日の世界は、ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエルとハマスの衝突など、多くの危機に直面しています。過去の歴史の蓄積から教訓を導く本書は、世界が現在進行形の危機にどう対処するのか、そのヒントを提供してくれる良書です。