退屈に耐える力をある程度持っていることは、幸福な生活にとって不可欠であり、若い人たちに教えるべき事柄の一つである。
解説
英国を代表する思想家のバートランド・ラッセルは、次のように読者に語り掛ける。
“興奮”に対する欲望は、人間、ことに男性においてすこぶる根深い。この欲望は、恐らく狩猟時代には容易に満たされただろう。狩猟には、興奮があったからだ。
しかし、農業の発達とともに、生活は“退屈”なものになった。中世の頃の、冬場の夜を想像してみるがいい。暗くなると、灯りとしてはロウソクしかなかったので、人々は読み書きすらできなかった。手軽に楽しめる娯楽も限られていた。その退屈さたるや、恐ろしいほどだったろう。
今日の私たちは祖先ほど退屈していない。それなのに、彼ら以上に退屈を恐れている。そして、がむしゃらに興奮を追求することで、退屈を避けようとする。
その結果、人々は、絶えずあちらこちらへ移動して、ダンスを、酒を楽しむ。人々は車に乗り、映画を楽しむ。若い男女は、昔よりもずっと簡単にデートができる。
だが結局、退屈を免れることはできない。前の晩が楽しければ楽しいほど、翌朝は退屈になり、より強い刺激が必要になる。
一定の量の興奮は健康によい。しかし、他のほとんどすべてのものと同様、問題は分量である。
少なすぎると渇望を生み、多すぎれば疲労を生む。そして、興奮に満ちた生活は、心身を消耗させることになる。
だから、退屈に耐える力をある程度持っていることは、幸福な生活にとって不可欠である。
古来、偉大な人の生涯は退屈な期間が長かった。
例えば、カントは一生涯、ケーニヒスベルクの町から10マイル以上離れたことはなかった。ダーウィンは世界一周をした後、残りの生涯をずっとわが家で過ごしている。
編集部のコメント
『ラッセル 幸福論』は、イギリスの思想家バートランド・ラッセルが幸福になるための知恵を解き明かした名著です。スイスの哲学者カール・ヒルティの『幸福論』、フランスの哲学者アランの『幸福論』と並んで、「世界三大幸福論」の1つに数えられています。なお、TOPPOINTライブラリーでは、これら2冊の要約も収録しています。
著者のラッセル(1872-1970)は、20世紀のイギリスを代表する思想家、哲学者です。著書に『ライプニッツの哲学』『数学原理』『結婚と道徳』『教育論』などがあります。ラッセルが『幸福論』を書いたのは1930年、58歳の時でした。当時のベストセラーとなり、それから時を重ねた現在まで多くの人に読まれ続けています。
『ラッセル 幸福論』は、大きく二部に分かれます。第一部「不幸の原因」では、現代の多くの人が苦しむ不幸の原因について分析し、そこから逃れる方法を示唆しています。そして、第二部「幸福をもたらすもの」では、幸福をもたらすもろもろの原因について論じています。
では、本書の特色はどこにあるのでしょうか。訳者である安藤貞雄氏は、「解説」においてアランとヒルティの『幸福論』と比較し、次のように指摘しています。
いわく、アラン『幸福論』は文学的・哲学的。ヒルティ『幸福論』は宗教的・道徳的。そしてラッセルの『幸福論』は、人はみな努力することで幸福になれる、という信念に基づいて書かれており、合理的・実用主義的(プラグマティック)である、と。
人生をたくましく、しなやかに生きるための知恵が詰まった本書は、仕事や人生に悩むことの多いビジネスパーソンにお薦めの1冊です。