歴史上、多くの大国が衰退していったが、どの大国も、自らの衰退について気づかないまま、没落の日を迎えたものはなかった。
それどころか、ほとんどの場合、迫り来る衰退の兆しに数々の「改革」策が繰り返し唱えられ、しばしば喧々囂々の大論争が行われ、しかもその果てに、結局は没落してゆくのであった。
解説
なぜ、多くの大国は、衰退の兆候に気づき、それを回避するための対策を講じたにもかかわらず、没落してしまうのか。
国際政治学者の中西輝政氏は、その要因として、次の3つを指摘する。
1つ目は、それまでの長い成功を支えてきたシステムを変えること、それ自体の難しさである。既得権による抵抗も大きい。
2つ目は、そもそも何を、どう改革するのかという目標設定の難しさや、その実行方法を考える時の誤りやすさがある。後世から見て、的外れな改革であったと思われるものも少なくない。
また、本来、1つか2つの課題に集中すべきだったのに、「○○改革」といった多くのプログラムを付け足したために、エネルギーを分散させてしまう場合も多い。
3つ目に、難題や難問を意味する、「ゴルディアスの結び目」という言葉がある。
複雑に結び合わされた紐があり、誰もそれを解き得なかったが、1つだけ方策があった、というギリシャの伝説から転じたものだ。その方策とは、誰もが「問題外」として考えが及ばなかった、一刀両断にするというやり方である。
衰退を食い止めるには、その時代には「それだけは不可能」と思われていた方法しか、真の対策といえるものはない。しかもその方法は、採用すれば案外簡単に実行できるものである。
だが、こうした方策を採用するのは難しい。また、いざ採用しようと決断したその時には、事態が変化していて、衰退を止める方策としては何の役にも立たなかった ―― 。このような例が、大国の衰退のプロセスには数多く見られる。
編集部のコメント
かつて長きにわたり、世界の政治・経済を支配していた「大英帝国」。その歴史を概観しつつ、帝国の本質と衰亡の原因について解き明かした『大英帝国衰亡史』は、歴史評論の名著です。1997年に上梓された本書は、第51回毎日出版文化賞、第6回山本七平賞をダブル受賞しています。
著者の中西輝政氏は、1947年生まれ。京都大学法学部を卒業し、英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院を修了。本書刊行時は、京都大学総合人間学部教授でした。著書に『イギリスの智慧』(共著、中央公論新社)、『国民の文明史』(扶桑社)、『なぜ国家は衰亡するのか』(PHP研究所)などがあります。
エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』をはじめとする多くの「衰亡史」は、帝国の最盛期から衰亡の過程を描いています。それに対し『大英帝国衰亡史』は、帝国誕生の経緯も漏らさずに記しています。
また、日本人にとってなじみの薄い英国史に対するアプローチとして、「人物から入る」歴史叙述という方法をとるなど、「読みやすい歴史」として描くための配慮がなされています。
「日の没するところなし」と謳われたこの帝国がなぜ衰亡したのか。その原因を、対外政策や戦略、経済力などの面から探り、文明史的観点から考察した『大英帝国衰亡史』。日本のビジネスパーソンにとって、教養として知っておきたい歴史が詰まった1冊です。