近年の日本家族を特徴づける対照的な2つの現象を取り上げる。それは「ペットの家族化」と「児童虐待」である。
ペットの家族化とは、犬や猫などのペットを家族とみなす人々が増えていることである。児童虐待は、特に親による子どもへの暴力、養育放棄などを含み、ときには、死に至らしめることもある。
前者は、「本来家族でない動物を家族であるかのように扱う」現象であり、後者は、「本来家族である子を家族でないかのように扱う」現象である。
解説
この対照的な2つの例から見えてくるのは、「家族の形式」と「家族の内実」がずれ始めているということだ。
家族の形式とは、「親子」「夫婦」など、一般的に家族と思われている関係である。一方、家族の内実とは、「相手を大切にする」「愛情がある」など、家族の本質と思われている関係性だ。
ペットの家族化は、一般的には家族とみなされない対象(ペット)に家族の内実が存在する現象であり、児童虐待は、家族とみなされる対象(実の子)に家族の内実が欠如している現象だ。
この2つの現象には、家族にとってもう1つの重要な変化が含まれている。それは、「家族は選択可能なのか」という問いである。
従来、親子をはじめ、家族は選択不可能で、解消が困難な関係性と認識されてきた。しかし、ペットの家族化では、本来家族になり得ない動物が家族とされている。そして児童虐待では、親が子を捨てる、つまり家族であることを解消している。
家族にしたり、解消したりすることが一方的にできるようになった時、それを「家族」と呼べるのか。こうした現実に我々は直面しているのだ。
編集部のコメント
『なぜ日本は若者に冷酷なのか そして下降移動社会が到来する』の著者は、「パラサイト・シングル」「格差社会」などの言葉を世に浸透させたことで知られる、家族社会学者の山田昌弘氏です。山田氏はこの本の中で、今日見られる様々な社会問題をひも解いています。
その1つが家族のかたちの変容です。その象徴として挙げられるのが、上掲の「ペットの家族化」と「児童虐待」です。
ペットをカートに載せる、おしゃれな洋服を着せる、誕生日を祝うなど、ペットを「わが子」のように扱う光景が日常化する一方で、血のつながった実の親による子どもの虐待の報道は後を絶ちません。著者は、この対照的な現象を、家族の「形式」と「内実」がずれ始めている兆候だと読み解きます。
このように家族のかたちが変化する中で、様々な理由から、若者が親に依存できる社会も終焉を迎えつつあるといいます。支えを失った若者は、非正規雇用で低所得の「アンダークラス」へと流れ込み、日本は「超」階級化へ向かう ―― 。山田氏はそう指摘しています。
さらに氏は、若者の経済的立場が弱くなる結果として、子どもの生活水準が親世代を下回る「下降移動社会」が到来しつつあると、警鐘を鳴らします。
かつては「金のたまご」と呼ばれ、社会から大切にされてきた若者が、なぜ今、これほど生きづらくなったのか。そんな時代の底流を理解するための示唆に富んだ1冊です。




