哲学者のラルフ・ワルド・エマーソンは、あるとき息子と一緒に一頭の子牛を小屋へ入れようとした。だがどうしてもうまくいかない。後ろから押しても、前から引いても、子牛は4本の脚を踏ん張って抵抗する。
2人が困っていると、農家の手伝いの娘がやってきた。彼女にはすぐれた評論や本を書く知識はなかったが、この問題を解決できる知恵があった。子牛のそばへいくと、その口に自分の人差し指をふくませた。そしてその指を吸わせながら、子牛をやさしく小屋のなかまで引いていったのである。
娘が知っていたこと、そして頭脳明晰な哲学者が忘れていたことは何だろう。
彼女は子牛の核心的な欲求のひとつが食物であることを知っていた。その欲求を呼びだすと、子牛は喜んで彼女についていったというわけだ。
解説
人を動かしたければ、まずその人の中に深い欲求を起こさなければならない。これは、どんな相手を扱う時にも通用する普遍的な真実だ。
エマーソンと息子は、自分たちの欲求しか頭になかった。早く子牛を小屋へ入れて、昼ごはんを食べたいとしか思っていなかった。
一方、牧草地で幸せに草をはんでいる子牛にとっては、せっかくの食事を切り上げて、狭い小屋に入るなどもってのほかだ。しかし娘が現れ、指を吸わせたとたん話は変わった。子牛は温かいお乳が待っていることを思い出したのだ。
上掲の話は、相手を動かして行動を取らせるのに力はほとんど必要がないということを教えてくれる。人を扱う時には、相手が何を欲しがっているのかを見つければ、必ず成功する。
編集部のコメント
人間関係の原則を説得力豊かに解き明かし、今なお多くの読者に読み継がれるD・カーネギーの世界的ベストセラー『人を動かす』。1936年の刊行以来、あらゆる自己啓発本の原点となった同書の正統な続編が、本書『人を動かす2 デジタル時代の人間関係の原則』です。
メールやSNS、そしてインターネット ―― 。デジタルメディア全盛の現代では、ちょっとした言葉の間違いや誤解が、大惨事をもたらします。そんな“一触即発”の時代の中で、カーネギーが提唱する人間関係の原則は、時代遅れになるどころか、むしろもっと重要になりました。
カーネギーのアドバイスは、なぜ今なお価値を失わないのでしょうか? それは、「人間関係を発展させる秘訣は、自分本位をやめることだ」という、デジタル時代にあっては見失われてしまったような、大切なことを思い出させてくれるからです。どんな成功も、いい人間関係なしでははじまりません。
『人を動かす2』では、芸能人やスポーツ選手などの有名人、著名な起業家などの事例も取り入れつつ、カーネギーの原則を現代にどう適用し、人間関係を築けばよいかを説きます。自分を売り込んだり、他人を操ったりする「口先から」始まる人間関係ではなく、「真心から」はじまる人間関係の入門書として、社員同士や取引先とのコミュニケーションに悩むビジネスパーソンに一読していただきたい1冊です。
なお、TOPPOINTライブラリーには、『人を動かす2』の原点となった不朽の名著『人を動かす[新装版]』(創元社)をはじめ、『道は開ける 新装版』(創元社)、『カーネギー 話し方入門〈新装版〉』(創元社)など、D・カーネギーの代表的著作の要約も収録しています。