歴史認識問題を外交問題化しないことこそが、それまでの日中間および日韓間での二国間関係を維持するための政治的叡智としてしばしば意識されてきた。それにも拘わらず、村山政権で善意から和解を求めて自らの歴史認識を明らかにした結果、むしろこの問題が外交問題化してしまい、関係悪化に道を開いてしまった。

解説

 戦後50周年を迎えた1995年。村山富市首相は、この年に歴史を語る必要性を感じていた。そして8月15日、いわゆる「村山談話」が誕生した。

 この談話には、植民地支配により多くの悲劇をもたらしたことへの「痛切な反省」と「心からのお詫び」という言葉がある。戦後の首相による談話で、ここまで踏み込んだことはなかった。

 村山首相は、国家間の問題でも、誠意を示せば決着がつくと感じていたのかもしれない。だが結果として、それ以降、歴史認識問題が日中間、日韓間での深刻な外交問題へと発展してしまった。

 この問題に詳しい神戸大学の木村幹教授は、次のように述べる。「細川政権の選択は正解だった。細川は歴史認識問題に関わる発言を散発的に行う一方で、それを ―― 例えば『談話』のような ―― まとまった形で示すことはなかったからである。だからこそ日韓両国の政府やメディアは細川の散発的に行われる歴史認識問題に関する発言を『玉虫色』に解釈することができ、両者の歴史認識の違いは明確なものにならなかった」。

 歴史認識が各国のアイデンティティと深く結びついている以上、そもそも国境を越えた歴史認識の共有は難しいという意識が、村山首相には欠けていた。歴史認識問題という「パンドラの箱」を開けた結果、中国でも韓国でも歴史認識問題を封印しておくことが不可能になってしまったのだ。

編集部のコメント

 かつて日本がアジア大陸で行った侵略と植民地支配。先の戦争終結から78年を迎える今も、日中、日韓の間には、その解釈について埋めがたい認識の隔たりがあります。
 歴史認識の共有は、なぜかくも難しいのでしょうか。
 『戦後史の解放Ⅰ 歴史認識とは何か 日露戦争からアジア太平洋戦争まで』は、このような日本と国際社会の「ずれ」に着目し、その根源に迫った書です。
 著者は、慶應義塾大学で教鞭をとる細谷雄一氏。日本のほか、オランダ、英国、米国、フランスの大学で国際政治学や外交史について学んだ研究者です。
 本書において細谷氏は、海外の大学で学ぶなかで、国によって歴史の見方が大きく異なることに驚いたと述べています。他方で、これらの国々にある程度共通した歴史認識が存在することに気がついた、とも。
 この経験をもとに、複眼的に歴史を眺める目を培ってきた細谷氏は、『歴史認識とは何か』で世界史と日本史を融合させた視点から、日本の現代史を描きます。その目的は、先述した日本と国際社会の「ずれ」を解消することにあります。
 日本国内の論理のみで考えるのではなく、より広い視野から歴史認識を巡る問題を捉える。本書は、そうした歴史的視座を持つことの大切さを教えてくれる1冊です。

2015年10月号掲載

戦後史の解放Ⅰ 歴史認識とは何か 日露戦争からアジア太平洋戦争まで

かつて日本が行った戦争、植民地支配などの解釈を巡り、日中、日韓の間で対立が深まっている。なぜ、歴史認識の共有は難しいのか。戦前の日本を悪とする歴史書、逆に問題なしとするもの。どちらにも違和感があるという著者が冷静な目で歴史を見つめ直した。歴史学の潮流を追いつつ、歴史を政治や運動の道具とせず、謙虚に史実と向き合うことが大切だと説く。

著 者:細谷雄一 出版社:新潮社(新潮選書) 発行日:2015年7月

新刊ビジネス書の
要約を紹介する月刊誌
『TOPPOINT』
本誌を
サンプルとして無料
お送りいたします。

  • book01

    熟読

    毎月大量に発行される新刊ビジネス書や、文化、教養に関する新刊書などを、100冊前後吟味します。

  • book02

    厳選

    熟読した本の中から特に「切り口や内容が新鮮なもの」「新たな智恵やヒントが豊富なもの」10冊を厳選します。

  • book03

    要約

    読者の方が、本を購入される際の「判断基準」となるよう、原著の内容を正確に、わかりやすく要約します。

購読者の約7割が、経営者および
マネジメント層の方々。
購読者数は1万人以上!
その大半の方が、6年以上ご愛読。

まずは、1冊無料試読
TOPPOINT編集部厳選「必須のビジネス名著100選 2023年選書版 オールタイムベスト10ジャンル×10冊」を1部無料謹呈! TOPPOINT編集部厳選「必須のビジネス名著100選 2023年選書版 オールタイムベスト10ジャンル×10冊」を1部無料謹呈!