以前、無期懲役の判決を受けたひとりの黒人が、囚人島に移送されました。その黒人が乗っていた船は「リヴァイアサン」といいましたが、その船が沖に出た時、火事が発生しました。
その非常時に、黒人は手錠を解かれ、救助作業に加わりました。彼は、10人もの人の命を救いました。その働きに免じて、彼は後に恩赦に浴することになったのです。
解説
第2次世界大戦時、ナチスの強制収容所で地獄のような体験をしたヴィクトール・フランクルは、この黒人を例に引いて次のように言う。
もし誰かが、この無期懲役の判決を受けた黒人が船に乗る前に、「お前がこれからも生きる意味がまだあるのか?」と尋ねたとしたら、たぶん彼は首を横に振らざるを得なかっただろう。
だが、どんなことが自分を待ち受けているかは、誰にもわからない。10人の命を救う仕事が黒人を待ち受けていたように、どのような重大な時間が、どのようなチャンスが、まだ自分を待ち受けているか、誰にもわからないのである。
だから、私たちが自分に対し、「生きる意味があるか」と問うのは初めから間違っている。
私たちは生きる意味を問うてはならない。人生こそが、私たちに問いを提起しているからである。
生きていくことは、その「人生の問い」に答えることに他ならない。そしてそれは、生きていることに責任を担うことである。
こう考えると、恐れるものは何もない。どのような未来も怖くはない。現在がすべてであり、その現在は、人生が私たちに出す新しい問いを含んでいるからである。
編集部のコメント
第二次世界大戦中、ユダヤ人であるがゆえに、ナチスの強制収容所に送られた精神科医、ヴィクトール・エミール・フランクル。『それでも人生にイエスと言う』は、彼が強制収容所から解放された翌年、1946年にウィーンの市民大学で行った3つの講演を収めた本です。
人間にとって、極限状況ともいえる強制収容所。フランクルは、そこでの壮絶な体験や、囚われの身となってなお人間の尊厳を失わず、生きる希望を捨てなかった人たちの話を交えつつ、「生きる意味」とは何かを、一般市民に向けて情熱的に語りかけました。
著者のフランクル(1905-1997)はウィーン出身。フロイトやアドラーの影響を受け、長じて精神科医となります。しかし第二次世界大戦時、前述のようにナチスによって強制収容所へ送られ、妻をはじめ家族の多くを失う悲劇に見舞われます。そのような状況にあって、彼自身は奇跡的に生き延び、1945年に解放されました。その後は精神療法医として独自の「ロゴセラピー」を展開、ウィーン大学教授などを歴任しています。
『それでも人生にイエスと言う』の原著は1947年に出版されました。日本で翻訳出版されたのは1993年。以来、四半世紀にわたって読まれ続けています(2022年7月時点で72刷)。フランクルが強制収容所での体験を綴った『夜と霧』(みすず書房)とともに、世代を超え、世界中で読み継がれる名著です。
フランクルが収容所での体験を踏まえ、自らの思索を語った『それでも人生にイエスと言う』。本書は、自分は何のために生きているのかと思い悩む現代の私たちに、平易な言葉で生きる意味を教えてくれます。また、講演集であるため、フランクルの他の専門書に比べて読みやすく、彼の思想を知るための入門書としてもお薦めです。