経済成長は私たちに空前の物質的な豊かさと安らぎをもたらしてくれたが、逆に精神的な不安は減少に向かうどころか高まる傾向にある。
解説
世界保健機関(WHO)の調査によると、先進国は開発途上国よりも心の病の発症率が大幅に高い。精神障害の生涯有病率は、米国55%、ドイツ33%。一方で、ナイジェリアは20%、中国18%だ。
豊かになれば、生活水準が低い国の人々に比べて悩みは少なくなるはずだ。それなのになぜ、先進国で精神的な不安が高まるのか。
この謎を解く手がかりが、多くの研究において示されている。先進国では、富裕層と貧困層の所得格差が大きな社会ほど社会生活が弱体化し、格差が小さな社会ほど連帯が強まるというのだ。
格差のない社会ほど、地域のグループやボランティアの活動への参加率が上昇する傾向がある。人々の間では相互の信頼感や扶助の精神が高まり、仲良く暮らすことができる。こうした社会で連帯が強まるのは、お互いに安心できるからだ。
このことは逆に、社会の階層化が進むほど、生まれによって序列化されるという意識が強まり、自尊心が傷つけられることを意味する。不平等な社会では、個人的な能力とは無関係に、社会的地位が人の優劣を示す指標として重視される。その結果、社会的な評価や地位への不安が増大し、人々は他人との比較に神経をとがらせるのだ。
編集部のコメント
『格差は心を壊す 比較という呪縛』は、イギリスを代表する格差研究者リチャード・ウィルキンソン氏とケイト・ピケット氏が、500超の文献と国際比較データをもとに、格差が人の心理と社会に与える影響を明らかにした1冊です。
両氏は、本書刊行以前の2009年に刊行した『平等社会』(東洋経済新報社 刊)で、富裕層と貧困層の所得格差が大きな社会では、格差の小さな社会よりも健康や社会の問題に苦しむ人が増加する可能性を指摘しました。さらに、不平等による社会的なストレスが人々の心に重大な悪影響を及ぼすことも、データを通じて明らかにしています。
では、不平等はどのように私たちの心を蝕むのでしょうか? 精神的な不安はどのようにして高まるのでしょうか? 『格差は心を壊す 比較という呪縛』では、前著『平等社会』で明らかにした点を踏まえ、格差の拡大がもたらす精神的な影響や社会的なストレスについて分析しています。
本書はそれだけではありません。著者らは不平等について「必然的でも修復不可能でもない」と述べ、そのうえで誰もが幸せになれる社会にどう移行すればよいのか、具体的な方策も提言しています。
戦争・紛争による難民の発生、政治的な分断やポピュリズムの横行、そしてインフレ ―― 。今の時代、不平等が世界的な規模でますます広がるかもしれない、そんな不穏な空気に満ちています。
そんな時代だからこそ、『格差は心を壊す 比較という呪縛』は、不平等が私たちの心に何をもたらすか、そこから抜け出す道筋はどこにあるのかを示してくれる本として、これからますます読まれるべき1冊といえるでしょう。




