イスラエルで、ある遺跡を発掘していたとき、古代の墓地が出てきた。人骨・髑髏がざらざらと出てくる。こういう場合、必要なサンプル以外の人骨は、一応少し離れた場所に投棄して墓の形態その他を調べるわけだが、その投棄が相当の作業量となり、日本人とユダヤ人が共同で、毎日のように人骨を運ぶことになった。
それが約1週間ほどつづくと、ユダヤ人の方は何でもないが、従事していた日本人2名の方は少しおかしくなり、本当に病人同様の状態になってしまった。ところが、この人骨投棄が終ると2人ともケロリとなおってしまった。この2人に必要だったことは、どうやら「おはらい」だったらしい。
解説
骨は、元来は物質だ。この物質が、放射能のような形で影響を与えるなら、日本人だけが影響を受けるとは考えられない。従ってこの影響は非物質的なもので、人骨という物質が日本人にだけ何らかの「心理的影響」を与えた、と見るべきである。
おそらくこれが、日本の社会に古くから存在する「空気」の基本型だ。2人の日本人は、墓地発掘の「現場の空気」に耐えられなかったのである。
我々日本人は、物質から何らかの心理的・宗教的影響を受ける。言い換えれば、物質の背後に「何か」が臨在していると感じ、知らず知らずのうちにその何かの影響を受けるのである。
編集部のコメント
周囲の状況や相手の気持ちを察して、それに合わせて行動する。
そんな「空気を読む」ことが、日本では昔も今も、誰もが求められてきました。
そして、ひとたび“空気”が場を支配すると、どれほど論理的な説明やデータを示しても、それが通用しなくなってしまう――。
この不思議な現象を正面から考察したのが、本書『「空気」とは何か』です。
著者は作家・評論家の山本七平氏。独自の視点から、「日本人とは何か」を一貫して探求してきた思想家でもあります。
ユダヤ人イザヤ・ベンダサンとして1970年に発表し、300万部を超えるベストセラーとなった『日本人とユダヤ人』をはじめ、共著や対談を含めた著作は約200冊にのぼります。その膨大な著作を通じて、日本の思想史に多くの功績を残しました。
本書『「空気」とは何か』は1977年の刊行以来、長年読み継がれてきたロングセラーです。それは、上掲の一節のように、日本人特有の伝統的発想や心的秩序、体制を探りながら、人々を支配する“空気”の正体を明らかにしているからでしょう。
現代の日本でも、“空気”はある種の“絶対権威”として、驚くべき力をふるっています。
あらゆる論理や主張を超えて、人々を拘束する、この “空気”の正体とは何なのか――そんな疑問が浮かんだ時、ぜひ手に取りたい1冊です。