20年ぶりのデザイン刷新だそうです。
6月28日、財務省と日本銀行は、2024年7月前半を目途に新紙幣を発行すると発表しました。新1万円札の顔となるのは、渋沢栄一(1840-1931)です。
7月10日公開の「今週のPick Up本」で、筆者は『フランクリン自伝』(フランクリン 著/岩波書店 刊)を取り上げました。そこでベンジャミン・フランクリンが「アメリカ資本主義の育ての親」と呼ばれた人物であることを紹介しましたが、彼の没後半世紀を経て生まれた渋沢栄一は、日本の近代化に大きな功績を残し、「日本の資本主義の父」と称されました。彼の波乱に満ちた生涯については、2021年に放送されたNHKの大河ドラマ「青天を衝け」でご存じの方も多いでしょう。
今回は、その渋沢の生涯と思想をわかりやすく解説した本、『渋沢栄一 「論語と算盤」の思想入門』(守屋 淳 著/NHK出版 刊)をPick Upします。著者の守屋氏は、中国古典の研究者として、多くの著作を発表する一方で、渋沢栄一や明治の実業家に関する著作や翻訳も数多く手がけています。なおTOPPOINTでは、守屋氏の現代語訳による渋沢の著書『現代語訳 論語と算盤』(渋沢栄一 著/筑摩書房 刊)もご紹介しています。
先ほど、渋沢を「日本の資本主義の父」と紹介しました。しかし、渋沢本人は自分が目指した経済システムを、「資本主義」と呼んだことは一度もなかったそうです。彼が目指していたのは「合本主義」というものでした。『渋沢栄一 「論語と算盤」の思想入門』では、合本主義について、次のように説明しています。
では「合本主義」とは何か。渋沢栄一記念財団のウェブサイトにある、木村昌人氏の定義は次のようなものです。
公益を追求するという使命や目的を達成するのに最も適した人材と資本を集め、事業を推進させるという考え方
「資本主義」との違いは何か。あまたある「資本主義」の定義には「市場」や「労働」「投資」という言葉は出てきても、「公益」は一切出てきません。(『渋沢栄一 「論語と算盤」の思想入門』 156~157ページ)
公益の追求 ―― 。それこそが、渋沢が目指した社会の、そして企業のあり方でした。渋沢栄一記念財団のウェブサイトによれば、彼は生涯で約500の会社にかかわり、同時に約600の社会公共事業にも尽力したといいます。それほどの偉業を成し遂げられたのは、渋沢が「資本主義」ではなく「合本主義」の思想をもって行動したからでしょう。
ちなみに、同サイトでは、渋沢がかかわった会社・団体が現在存在する会社にどうつながっているのか、詳細な図で確認することができます。これを見ると、渋沢が日本の近代化の礎を築いたといわれる理由が実感できます(渋沢栄一関連会社名・団体名変遷図)。
さて、先述した「公益」が、渋沢の思想として有名な「論語と算盤」にかかわる、と守屋氏は言います。まず、「論語と算盤」という2つの言葉には、どのような意味がこめられているのでしょうか。守屋氏は渋沢の他のモットー「道徳経済合一説」「義利合一」「義利両全」などから考え合わせて、次のように解説します。
まず「算盤」が象徴するのは、商売や経済、私利といったビジネスや経済にまつわる事象。(中略)一方の「論語」は、実は象徴するものが二系統あります。一つは「道徳経済合一説」という言葉に象徴される「道徳」。(中略)そしてもう一つが「義利合一」「義利両全」というモットーに象徴される「義」なのです。
(『渋沢栄一 「論語と算盤」の思想入門』 157ページ)
「論語」は道徳や義を、「算盤」は商売や経済を象徴する、と守屋氏は説きます。そして「義」の中に、公益への思いが込められていることを読み解きます。
『論語』には、ちょうど義と利が対比された一節があります。
孔子が言った。「行動にさいして、義を優先させるのが君子、利を優先させるのは小人である」(中略)
「義」というのは、一般的に「正しさ」「真っ当さ」と訳されたりします。では「正しい/正しくない」の基準はどこにあるのでしょうか。対比されている「利」は自分だけの利益、つまり私利を意味します。では、対極にある「義」の意味とは何かといえば、みなの利益、つまり公益と考えられるわけです。(『渋沢栄一 「論語と算盤」の思想入門』 158ページ)
本書によれば、明治維新後、大蔵省に在籍した渋沢は、1873年に同省を辞して民間へと足を踏み入れ、論語の道徳をもとに実業にかかわっていきます。しかし、「論語と算盤」の思想を一般の人に説き始めたのは、70歳の手前ごろから。その理由は、62歳で欧米を歴訪した時、英国人に日本人の商業道徳の低さを指摘されたことである、といいます。
なぜ、渋沢は論語を選んだのか。論語からどのように経済に活かす道徳を見つけ出したのか ―― 。詳しくは本書をお読みください。
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格差の拡大や環境破壊など、資本主義の限界が指摘される近年。渋沢の説いた経済思想は、再評価を受けています。例えば、中国では『論語と算盤』に注目が集まり、簡体字訳が9種類も出版されていると、守屋氏は述べています。
資本主義の行き過ぎを是正する1つの道として、渋沢の思想は国内外で参考とされているのでしょう。
今回ご紹介した『渋沢栄一 「論語と算盤」の思想入門』は、日本の近代化を支えた偉人の生涯、そして今なお参照されるべき経済・企業のあり方について教えてくれる1冊です。
今から1年後、渋沢栄一は私たちの財布にやってきます。1万円札を取り出して彼の顔を見るとき、「論語と算盤」の意味について、改めて考えてみてはいかがでしょうか。
(編集部・小村)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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