
明日11月1日は「本の日」。そして、「古典の日」でもあります。これは、文学、音楽、伝統芸能など、日本古来の文化的所産である古典に親しみ、広く根づかせることを目的とした記念日です。
ところで、11月1日と古典との関わりは、どこにあるのでしょうか。実は、その由来は『源氏物語』にあります。『紫式部日記』によって源氏物語の存在が確認される最古の日付が、平安時代中期の寛弘5年(1008)11月1日だった――とのこと。古典の日は、これにちなんで2012年に制定されました。(「文化庁月報 平成25年10月号」/文化庁ホームページ)
古典の日が近いということで、今週は古典をテーマとしたビジネス書をPick Upします。
ビジネス書で取り上げられる古典といえば、『論語』や『孫子』、『貞観政要』といった中国古典が多い印象ですが、今回は日本の古典をテーマとした本を選びました。
ご紹介するのは、『世阿弥の言葉 ―心の糧、創造の糧』(土屋恵一郎 著/岩波書店)。室町時代の能役者・世阿弥の著作から、「初心忘るべからず」をはじめとする珠玉の言葉を選り抜き、ビジネスパーソンに向けて解説した書です。著者の土屋氏は、法哲学の研究者であるとともに、能楽評論家としても活躍されています。
1363~1443年に生きたと推定される世阿弥。その代表的な著作が40歳前後に書かれた『風姿花伝』ですが、他にも60歳前後に書かれた『花鏡』などがあります。これらの能楽論書は、いずれも「伝書」と呼ばれています。その理由を、土屋氏は本書でこう述べています。
「伝書」という言葉を使うのは、なにも世阿弥は出版を意図して文章を書いたのではなく、いずれも自分の子供や後継者に、自分の考え方や経験を伝えるために、こうした言葉を書いているからである。
(『世阿弥の言葉』 10ページ)
世阿弥が後進に伝えるために遺した伝書は、『世阿弥の言葉』の副題が示す通り、「心の糧 創造の糧」となる言葉に満ちています。
私はこの本を読み、自身の「心の糧」となるような言葉を見つけました。
それは「稽古は強かれ、情識は無かれ」。
『TOPPOINT』の要約でも紹介していますが、この言葉について、土屋氏は次のように解説しています。
世阿弥の言葉から、究極の一つといえば、「稽古は強かれ、情識は無かれ」(『風姿花伝』)という言葉である。なにしろ、世阿弥自身が、この言葉を後継者への言葉として残しているのだ。
意味はきわめて簡単なことである。稽古も舞台もきびしい態度でつとめて、けっして慢心してはならない。それがこの言葉の意味である。「情識」とは、傲慢とか慢心といった意味である。(『世阿弥の言葉』 78ページ)
意味するところは、難しいものではありません。ですが、この言葉には深みがあります。広い視野から捉え、読み替えると、この「稽古は強かれ、情識は無かれ」という言葉は仕事や人生の知恵として生かすことができます。
本書において土屋氏は、「稽古」を「シミュレーション」と読み替え、リーダーにとってこの言葉がいかに重要であるかを、次のように説いています。
リーダーにとって、この言葉ほど大事なものはない。予想を超えることはいつでも起きる。(中略)リーダーは、時として山より大きな猪が出ることがある、という可能性をいつも考えていなければならない。
危機管理とはそうしたものである。そのための、「稽古」というシミュレーションをつみ、けっして、たいしたことはないと思うことなく、慢心を戒しめていなければならない。(『世阿弥の言葉』 80ページ)
この部分を読み、私は自分にとっての「稽古」とは何かを考えてみました。すると、「日々、仕事を通じて専門的なスキルを修得すること」と「普段の読書をはじめとした仕事に至るまでの準備」。この2つが、自分にとっての稽古であることに気づきました。
それからは、折に触れ「稽古は強かれ、情識は無かれ」という簡潔な言葉を思い出すだけで、「いい仕事をするための準備は十分できているか」と、自分に問えるようになりました。
世阿弥が活躍したのは、今からおよそ600年前。彼の言葉は、昔も今も、人の成長にとって大事な本質は変わらないことを教えてくれます。
読書の秋。時には、いにしえの人物の言葉に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。本書から、皆様にとっての「心の糧 創造の糧」となる言葉が見つかれば幸いです。
なお、『TOPPOINT』の要約では、世阿弥の著作である『風姿花伝』の現代語訳も紹介しています(『風姿花伝』夏川賀央 訳/致知出版社)。ご興味のある方は、こちらも併せてお読みください。
(編集部・小村)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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