2024.6.24

編集部:小村

他者と新しい関係を築き 厄介な問題を乗り越える そのために有効な「対話」のスキルを説く

他者と新しい関係を築き 厄介な問題を乗り越える そのために有効な「対話」のスキルを説く

 昨年末より大きな話題となった、自民党派閥の政治資金パーティー裏金問題。この問題を受けて、自民党の党本部は4月から都道府県連を対象に「政治刷新車座対話」を実施しています(「「変わる決意」全国各地で共有する 政治刷新車座対話が本格始動」/自民党HP 2024年4月8日)。

 これは、一般の党員や都道府県の議員らが参加し、文字通り「車座」になって党本部の代表と意見を交換し合うというものです。新聞各紙の報道からは、各地で開催されている対話の現場で、党本部に厳しい意見が出されていることがうかがえます。このたびの対話を経て、自民党が本腰を入れて変革に取り組むのかどうか。今後の動向が注目されます。

 

 さて、私たちも職場や家庭において、何か問題が起こった時には対話を行うことがあります(対話というより「話し合い」と言う方がしっくりくるかもしれません)。この場合、先述の車座対話のように、意見を出し合うことになるでしょう。

 しかし、意見を出し合っただけで終わってしまう、という経験はないでしょうか。さんざん意見の応酬があったにもかかわらず、肝心の問題の解決は先送りにされてしまう。職場でそんな経験をした方も多いでしょう。

 せっかくの対話の機会を無駄にせず、今後に活かすための貴重な時間とするためには、対話の目的や意義について、改めて考えてみる必要があります。

 

 そこで今週は、「対話」の意義を深く掘り下げた良書『他者と働く ――「わかりあえなさ」から始める組織論』(宇田川元一 著/ニューズピックス 刊)をご紹介します。「日本の人事部HRアワード2020 書籍部門 最優秀賞」を受賞した本書は、8万部を超えるロングセラーのビジネス書です。

対話とは何か

 『広辞苑』によれば、対話の意味は「向かい合って話すこと」。しかし、その理解だけでは、対話が何のために行われるのか、それが何を生み出すのか、といったことまではわかりません。『他者と働く』の著者、経営学者の宇田川元一氏は、対話を行うことの意味を次のように述べています。

 

「対話」と言うと、「あの輪になって話をさせられるアレのことでしょ」と訝しい顔をする方も多いと思います。しかし、対話は向き合ってじっくり話をすることではありません。対話とは、一言で言うと「新しい関係性を構築すること」です。

(『他者と働く』 6~7ページ)

 

 対話とは「新しい関係性を構築する」ことである、と著者は言います。私は対話について、それまで問題を解決するために行うものとしか思っていませんでしたが、この部分を読み、人と人との関係性まで変えようとする、深い行為であることを知りました。

 本書では、新しい関係性を築くための具体的な方法として、「適応課題を解くこと」を挙げています。では、適応課題とは何でしょうか。

適応課題とは

 「適応課題」とは、ハーバード・ケネディ・スクールで長年リーダーシップ論を教えていたロナルド・ハイフェッツ氏による「問題」の定義の1つです。本書では、彼が問題を「技術的問題」と「適応課題」の2つに分けて定義していることを説明しています。

 

彼は、既存の方法で解決できる問題のことを「技術的問題」(technical problem)、既存の方法で一方的に解決ができない複雑で困難な問題のことを「適応課題」(adaptive challenge)と定義しました。

(『他者と働く』 4~5ページ)

 

 例えばTOPPOINT編集部でいうと、著者の名前に珍しい漢字が使われており、その文字が組版ソフトにない場合、既存の文字を削ったり補ったりして作字をすることで、この問題を解決することができます。こうした問題が「技術的問題」です。

 一方、「適応課題」は次のようなものです(あくまで仮の話です)。編集部で効率の面から、業務の一部をマーケティング部に振り分けたいと提案した時、マーケティング部から「手が足りない」「知識が足りない」などと言って反対される。編集部は「忙しい時は手伝う」「わからないところは教える」と伝えても、別の理由をつけて反対され続ける ―― 。

 こうした事例が適応課題である理由を、本書はこう解説します。

 

なぜならば、表で語られている言葉の背後には、語られていない何か別なことがあると考えられるからです。例えば、(中略)相手に何らかの痛みが予想されたりする場合です。これは、単に「こうするほうが合理的だ」と主張しても解決しません。変化がもたらす恐れを相手が乗り越えることを可能にしていかなければ、物事が先に進まないからです。(中略)見えない問題、向き合うのが難しい問題、技術で一方的に解決ができない問題である「適応課題」をいかに解くか ―― それが、本書でお伝えする「対話」です。

(『他者と働く』 6ページ)

 

 マーケティング部は「手が足りない」「知識が足りない」と意見を述べますが、実はその言葉の背後に、「厄介な仕事を引き受けたくない」「問題が起こった時に責任を取りたくない」という恐れが隠れているかもしれないのです。

 このように、合理的に解決できそうな問題にもかかわらず、なかなか解決に至らない問題を職場で抱えるビジネスパーソンは多いのではないでしょうか。

 著者は、知識や技術があふれる現代において、技術的問題は解決できることがほとんどであるとし、私たちの社会が抱える問題の多くが適応課題であると述べています。

 

こちら側の「ナラティヴ」を変える

 こちら側と相手側の間に適応課題が見つかった時、お互いが意見を主張し続けると感情的になったり、問題の本質から外れたところで論争になったりと、対話として成立しなくなる危険性があります。そのため、お互いの関係を見直す必要が出てきます。

 この時、まず相手を変えようとするのではなく、自分の「ナラティヴ」を変える必要があると著者は説きます。ナラティヴとは物語、つまりその語りを生み出す「解釈の枠組み」のこと。それがどのようなものか、上司と部下の関係を例に説明しています。

 

上司と部下の関係では、上司は部下を指導し、評価することが求められる中で、部下にも従順さを求めるナラティヴの中で生きていることが多いでしょう。また部下は部下で、上司にリーダーシップや責任を求め、その解釈に沿わない言動をすると腹を立てたりします。つまり互いに「上司たるもの/部下であるならば、こういう存在であるはず」という暗黙的な解釈の枠組みをもっているはずです。

(『他者と働く』 32~33ページ)

 

 ここで注意すべき点は、どちらかのナラティヴが「正しい」とか「正しくない」というわけではないことです。ナラティヴは、その人が置かれている環境における「一般常識」のようなもの、と著者は言います。

 こちら側と相手側では、上司や部下のように立場や環境によってナラティヴが異なるかもしれません。先ほど例に出した、編集部とマーケティング部の間でも同様です。

 その場合、こちらの言うことを相手が「間違っている」と判断したり、その逆のことが起きたりする可能性があります。つまり、適応課題のある時、ナラティヴには「溝」がある状態なのです。

溝に橋を架ける

 著者はナラティヴの「溝」に「橋を架けること」が対話のプロセスであるといいます。

 

対話のプロセスは「溝に橋を架ける」という行為になぞらえることができます。仮に組織の中の異なる部門の代表同士が対話すると考えると、それぞれの部門ごとのナラティヴが互いの足場のようなもので、両者の間には溝があります。このナラティヴの溝(適応課題)に橋(新しい関係性)を築く行為が、対話を実践していくことなのです。

(『他者と働く』38ページ)

 

 『他者と働く』では、「溝に橋を架ける」プロセスを「準備→観察→解釈→介入」の4つに分けて解説しています。このプロセスを回すことで、組織のナラティヴの間の溝に橋が架かり、新しい関係性を築くことができるといいます。なお、各プロセスの詳細については、本書をお読みいただければと思います。

 本書は前半で上述のような理論を解説し、後半では理論を踏まえて、組織の中で発生する様々な「溝」にどう橋を架けていくのか、その実践方法が詳しく語られています。

 組織に問題のあることはわかっているのだけれど、なかなか解決せず、どうしていいかわからない…。そんなふうに悩んでいる方は、一度この本を読まれてみてはいかがでしょうか。「論破」や「忖度」ではない、「対話」を実現するための方法がわかる1冊として、お薦めします。

(編集部・小村)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

 

2023年5月号掲載

他者と働く ――「わかりあえなさ」から始める組織論

上司と部下、開発部と営業部…。組織における人間関係、立場の違いから起こる問題は、ノウハウだけで解決するのは難しい。必要なのは、他者との間の「溝」に気づき、そこに「橋を架ける」こと。その方法を、気鋭の経営学者が説く。論破するのでもなく、忖度するのでもない、すべての人間関係に有効な「対話」の教科書だ。

著 者:宇田川元一 出版社:ニューズピックス 発行日:2019年10月
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