生きていくうえで大切なものに値段をつけると、それが腐敗してしまうおそれがある。(中略)子供が本を読むたびにお金を払えば、子供はもっと本を読むかもしれない。だがこれでは、読書は心からの満足を味わわせてくれるものではなく、面倒な仕事だと思えと教えていることになる。
解説
世の中には、お金で買えないものがある。にもかかわらず、今や、あらゆるものが売りに出されている。インドの代理母による妊娠代行、アメリカ合衆国へ移住する権利…。
世の中は「すべてが売り物となる社会」に向かっている。これは懸念すべきことだ。その理由は2つある。
1つは、「不平等」に関わるものである。すべてが売り物となる社会では、貧しい人の方が生きていくのが大変だ。この数十年間は、貧困家庭や中流家庭にとって厳しい時代だった。貧富の差が拡大しただけでなく、あらゆるものが商品となったせいで、お金の重要性が増し、不平等の痛みが一層ひどくなったのだ。
そしてもう1つが、「腐敗」に関わるものである。上記の「読書」の例のように、生きていくうえで大切なものに値段をつけると、それが腐敗してしまうおそれがある。お金では買えない大切な価値が、市場価値に締め出されてしまうのだ。
編集部のコメント
今日、「お金で買えないものはない」と言えるほど、世の中にはありとあらゆるものが売りに出されています。『それをお金で買いますか 市場主義の限界』は、そうした現代の行き過ぎた市場主義に警鐘を鳴らし、「お金で買えない」価値の存在を考えるべきではないかと問いかける書です。
著者は、ハーバード大学教授のマイケル・サンデル氏。NHK教育テレビの「ハーバード白熱教室」や、世界各国でベストセラーとなった著書『これからの「正義」の話をしよう ── いまを生き延びるための哲学』などでご存じの方も多いでしょう。氏は政治哲学を専門とし、コミュニタリアニズム(共同体の価値を重んじる政治思想)の代表的論者としても知られています。
『それをお金で買いますか』の序章において、サンデル氏はこの30年の間に、私たちの生活全体が市場と市場価値とに支配されるようになってきたことを指摘。こうした状況の中で、市場の役割について再考する必要があることを説きます。そして、「赤ん坊を売買してはいけないのだろうか?」「お金を払って行列に割り込むことは許されることだろうか?」といった、道徳的な問題をはらんだ売買の事例を通じて、「お金で買うべきではないもの」が果たして存在するのかどうか、検討を進めていきます。
サンデル氏がこの本で投げかける数々の問いかけは、現代社会や市場主義の問題点を明らかにし、お金では買えない道徳的・市民的「善」とは何かを考えるきっかけを与えてくれます。経済中心の価値観を見直す上で、本書は大いに役立つことでしょう。