2024.4.30

編集部:西田

「知の巨人」の原点 生態学的な視点で世界を読み解いた書

「知の巨人」の原点 生態学的な視点で世界を読み解いた書

 今日、4月30日は、ジャーナリスト・作家の立花隆氏の命日です。
 2021年に亡くなった氏は、田中角栄元首相の金脈問題を暴き、退陣のきっかけを作るといった活躍をしたほか、政治や生命、環境など、幅広い分野で深い知見に基づいた作品を発表し、「知の巨人」と称されました。
 『TOPPOINT』でも、氏の著作である『「知」のソフトウェア 情報のインプット&アウトプット』(講談社 刊)や『自分史の書き方』(講談社 刊)をご紹介しています。
 そんな氏の「原点」と言えるのが、今週Pick Upする『新装版 思考の技術 エコロジー的発想のすすめ』(立花 隆 著/中央公論新社 刊)です。「TOPPOINTライブラリー」に掲載しているのは2020年に刊行された「新装版」ですが、初版は実に半世紀も前、1971年に刊行されました。

 「エコロジー的発想」というのは、あまり聞き慣れない言葉です。「エコ」という言葉からすぐに思い浮かぶのは、「リサイクルをしよう」とか「省エネに取り組もう」のようなことですが、立花氏が説くのはそうしたものではありません。
 エコロジーとは「生態学」のこと。立花氏は生態学について、本書でこう説明しています。

 

生態学は、生物学の一分野である。生態学という名前の名付け親である19世紀中葉のドイツの生物学者E・ヘッケルは、生態学をこう定義している。
「生態学は生物と環境および共に生活するものとの関係を論ずる科学である。」

(『新装版 思考の技術』 31ページ)

 

 「関係を論ずる科学」としての生態学が、私たちの思考や発想にどう役立つのか。
 1つは、「生態系の中の人間」という視点が得られることです。立花氏は次のように述べています。

 

生物は、そのとき、そのところでの環境に最も適応したものが栄える。しかし、ある生物が繁栄すると、その生物の繁栄それ自体が別の環境を作り出す。その環境は、その生物よりも別の生物にとっての繁栄の条件を作り出す。(中略)
その時代に最も栄えているものは、常にその次の時代に栄えるもののための土壌を用意しているのである。(中略)
もし人間が、自ら変えてしまった環境に生物学的に適応できなくなれば地球の支配権を次の生物に譲らなければならないのはあきらかである。

(『新装版 思考の技術』 178~179ページ)

 

 「その時代に最も栄えているものは、常にその次の時代に栄えるもののための土壌を用意している」という指摘は、種としての人間のみならず、個人の人生や企業の盛衰にも当てはまるものではないでしょうか。
 また、最後の一文は、地球温暖化問題が深刻化する今日、現実味を帯びた警告ですが、1971年の出版当時、地球は温暖化ではなく、むしろ寒冷化の状況にあったようです。このように取り巻く環境は違っても、根幹となる理論については時代を超えて当てはまります。そうした普遍的な知恵を学ぶことができるのが、本書の魅力の1つといえるでしょう。

 生態学が「関係を論ずる科学」である以上、当然、人間どうし・国どうしの関係もその射程に入ってきます。
 こうした視点から近年の国際社会を眺めたときに目立つのは、ナショナリズムをあおり、個人崇拝を奨励するような専制主義的な指導者の台頭ではないでしょうか。
 中国の習近平国家主席、ロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領…。世界で強権的な指導者が出現し、国民の支持を集めています。
 米国の人権監視団体「フリーダムハウス」がまとめた2022年の年次報告書によれば、世界の専制主義国家は、2005年の45カ国から2021年には56カ国に拡大したとのことです(「民主主義国家は減少 拡大する専制主義国家 ロシアや中国…影響力、無視できず」東京新聞TOKYO Web/2022年6月15日)。

 専制主義的な国家については、そのメリットが説かれることもあります。例えば、先ごろのコロナ禍においては、意思決定に時間がかかる民主主義的な国家よりも、迅速に意思決定ができる専制主義的な国家の方が、効率的にパンデミックを抑え込むことができた、という論調がみられました。
 ですが、エコロジー的発想からは、そうした体制が長期的に見て安定しているとは言い切れないようです。
 立花氏は、システム全体の安定性のためには「複雑さ」が大切だといいます。

 

水の循環、炭素循環、窒素循環など、あらゆる物質循環のシステムは、やたらにチャネルが多く、その厳密なフローチャートを描くことがほとんど不可能なほど複雑な回路網を形成している。
この複雑さが何に役立つかといえば、システム全体の安定性に役立つのである。変化に対する適応性は、チャネルが多いほど高くなる。1つのチャネルがだめになれば、別のチャネルが引き継ぐことができるからである。

(『新装版 思考の技術』 167~168ページ)

 

 先述のように、専制主義的な体制は、意思決定過程が単純です。そのため効率的というメリットがありますが、実は安定のためにはデメリットになるのです。この点について、立花氏はこう警告します。

 

政治の面では、効率至上主義の単純システムへの指向が、中央集権的統治機構となってあらわれている。経済、社会のあらゆる面で、管理しやすい単純システムへの指向が見られる。
それがすべて誤りだったというのではない。しかし、効率と管理のしやすさを得るために、システムの安定性が犠牲にされているのだということを忘れてはいけない。(中略)
ファシズムは国家全体を狂気にまきこみ、全体主義という単純システムを作りあげる。そしてその全国家的単一システムが倒れるときには、社会全体がまきこまれて破滅の危機に瀕することになる。

(『新装版 思考の技術』 170~171ページ)

 

 本書が指摘する単純なシステムの危うさは、近年の世界情勢からも見てとれます。
 例えば、トランプ政権時代のアメリカ。アメリカにおいて、核兵器の使用は大統領の権限です。このことと、予測不能な人物であるトランプが大統領の地位にいる、という事実に、統合参謀本部議長(当時)のマーク・ミリーは危機感を覚えたようです。
 トランプ政権の内幕を描いた『PERIL(ペリル)危機』(ボブ・ウッドワード、ロバート・コスタ 著/日経BP・日本経済新聞出版本部 刊)に、その際の状況が描かれています。
 同書によると、ミリーは幹部将校たちを集め、核兵器の使用に関して次のように述べたといいます。

 

大統領だけが命令を下すことができると、ミリーはいった。
だが、そこでミリーは、統合参謀本部議長である自分が直接、関与しなければならないことをはっきりさせた。現在の手順では、国防長官、統合参謀本部議長、法律顧問らが秘話通信網の音声会議を行なわなければならない。
「きみたちが電話を受けたときには」ミリーはいった。「だれからの電話であろうと、この過程があり、手順がある。なにを命じられても、きみたちは手順を踏むのだ。

(『PERIL(ペリル)危機』 27~28ページ)

 

 ミリーの行動は、生態学的な発想に立ったものといえるでしょう。
 「もしトラ」が現実味を帯び、またロシアによるウクライナ侵攻や、イスラエルとハマス、イランとの衝突など、1つの決定が世界の今後を決定的に変えかねない状況で、各国の意思決定はどうあるべきか。
 『思考の技術』は、そうした観点から、今なお古びない知恵を与えてくれる書といえます。

 ところで、ビジネスパーソンであれば、日々の業務をいかに効率的に処理するか、ということには誰しも関心があるのではないでしょうか。限られた時間で多くの課題を処理しなければならない中で、業務の効率化は避けて通れない問題です。
 ですが、これについても、エコロジー的発想に立てば、違う景色が見えてきます。

 

悪いイメージのことばとして、“ムダ”、“ムラ”ということばがある。企業での生産性向上運動というと、すぐにこの2つの追放がスローガンにかかげられる。(中略)
現実の自然においては、ムダなものは1つもない。ムラと見えるものも、そのムラさ加減は現実の要請に従ったムラさ加減であるという意味で、逆に現実的には最も整然としたものであるといえるのである。
人間はむしろ、ムダがムダとしか見えず、ムラがムラとしか見えない自分を恥ずべきなのである。

(『新装版 思考の技術』 235ページ)

 

 脳科学的には、新しい発想というのは、何かに集中して効率的に課題を解決しようとしている時よりも、散歩中や入浴中、睡眠中など、ぼんやりとしている時に「降りてくる」ことが多いそうです。そのような時、脳内では、様々な部位に蓄積された過去の知識や経験に広くアクセスし、新たな発想につながるようなネットワークが生まれているのだとか。

 とはいえ、ムダなことにこそ「ひらめき」につながるヒントがある、と言われても、なかなか日々の仕事の中で実際に行動に移すことは難しいでしょう。
 であれば、大型連休は絶好の機会。もしゴールデンウィークで、普段よりも時間に余裕があるのであれば、少しの間だけでも「ムダに過ごす」時間をとってみてはいかがでしょうか。

 半世紀前の書ながら、その内容は今も当てはまる『新装版 思考の技術』。個人のスキルアップにはもちろん、これからの社会のあり方やビジネスにおける業務管理といった観点からも参考になる本として、一読をおすすめします。

(編集部・西田)

*  *  *

 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2020年11月号掲載

新装版 思考の技術 エコロジー的発想のすすめ

1971年刊『思考の技術――エコロジー的発想のすすめ』を改題・再編集したもの。立花隆氏の事実上の処女作で、エコロジー(生態学)の観点から、ものの見方・考え方を説く。生態学的に思考し、自然を畏怖せよという主張は、初版刊行から約50年を経た今も色褪せない。環境問題が深刻化する現代、一読の価値ある書といえよう。

著 者:立花 隆 出版社:中央公論新社(中公新書ラクレ) 発行日:2020年8月
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