
ほぼ毎月のように、月末近くになると個人的に書店で購入する本があります。それは、NHKテレビで放送されている番組、「100分de名著」のテキストです。
番組ホームページには、“一度は読みたいと思いながら、なかなか手に取ることができない古今東西の「名著」”を読み解く、とあります。しかし、私にとってはその存在すら知らなかった名著も多々あり、毎月このテキストで勉強させてもらっています。
5月は、哲学者・ヘーゲルの著作『精神現象学』を取り上げていました。同書は、カントの『純粋理性批判』、ハイデガーの『存在と時間』などとともに、難解な哲学書の1つとされており、一人で読むにはハードルの高すぎる書籍です。番組では、『人新世の「資本論」』や『ゼロからの『資本論』』などの著作で知られる斎藤幸平氏が指南役となり、『精神現象学』の内容を平易に紹介していました(それでも難しいですが…)。
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さて、ヘーゲル哲学の重要な概念に「弁証法」があります。おおまかな意味としては、広辞苑の次の説明が参考となるでしょう。
意見(定立)と反対意見(反定立)との対立と矛盾の働きが、より高次な発展段階(総合)の認識をもたらすと考える哲学的方法。
(『広辞苑 第七版』)
定立(テーゼ)、反定立(アンチテーゼ)、総合(ジンテーゼ)の三段階は、正・反・合と呼ばれることもあります。この弁証法の考え方をビジネスで活用する方法を教えてくれる本、それが、今回Pick Upする『使える 弁証法 ヘーゲルが分かればIT社会の未来が見える』(田坂広志/東洋経済新報社)です。
田坂氏は、多摩大学大学院名誉教授で、シンクタンク・ソフィアバンクの代表を務める人物です。著書は数多く、『死は存在しない 最先端量子科学が示す新たな仮説』(光文社/TOPPOINT大賞2022年下半期第3位)、『直観を磨く 深く考える七つの技法』(講談社/同賞2020年上半期大賞)など、国内外で100冊を超えます。
本書で示される弁証法の活用とは、どのような方法でしょうか。それは、「未来の予見」に用いるというものです。田坂氏は、著書を読んだ人たちから、「どうすれば未来が見えるのか」と問われることが多いといいます。しかし氏は、未来を予見する時に特別な調査などは行っていないとして、次のように語ります。
使っているのは、ときおり目に入る新聞や雑誌の記事と、書店で手に取る本、たまたま目に入るテレビの番組、そして、哲学的思索。それだけです。(中略)なぜなら、物事の本質を洞察し、未来を予見するために、膨大な情報や知識は必要ないからです。
(『使える 弁証法』 4ページ)
ここで述べられる「哲学的思索」こそが、ヘーゲルの弁証法です。弁証法にはいくつかの法則がありますが、田坂氏は、私たちはそれらの中からある1つの法則を学ぶだけで十分、と説きます。その法則とは、「螺旋的発展」の法則と呼ばれるものです。
この「螺旋的発展」の法則は、次のように平易に表現できます。
世の中のすべての物事の進歩や発展は、右肩上がりに一直線に進歩・発展していくのではない。あたかも螺旋階段を登るようにして進歩・発展していく。(『使える 弁証法』 22ページ)
世の中を観察していると、昔のものが「復活」しているような出来事に遭遇します。一見すると、過去の焼き直しに過ぎないように思うことも少なくありません。しかし、実は焼き直しではなく、以前よりも一段高いところを登っており、着実に進歩・発展している ―― 。「螺旋的発展」の法則とは、世の中をこのように捉えるものです。
その実例として田坂氏が挙げているのは、「インターネット革命」です。ネット革命によって大きく成長したビジネスモデルの1つに、「オークション」があります。このビジネスモデルは新しいものではなく、古くから存在します。ただし、資本主義の発展による市場の合理化の流れの中で、一時期その姿は消えていました。しかし、ネット革命を経て、より広範な地域で膨大な商品を扱うビジネスモデルとして、復活を果たしています。
では、螺旋的発展の法則を私たちが未来予見に用いる時、どうすればよいでしょうか? 田坂氏は、その方法を次のように説明します。
「螺旋的発展」において、何が「復活」してくるかを、読む。
「合理化」と「効率化」の中で「何が消えていったのか」を、見る。
「その段階」で、それが「なぜ消えていったのか」を、考える。
「新しい技術や方法」で、どうすれば「復活」できるかを、考える。
この思考の方法を身につけるとき、我々は、まさに「弁証法を使う」ための、第一歩を踏み出すことができるのです。(『使える 弁証法』 87ページ)
螺旋的発展の法則を頭に置いて、私たちの身近に存在する商品やシステムを見直してみましょう。消えたものは何か。それらはなぜ消えたのか。そしてどうすれば復活できるのか ―― 。こうした思考を深めることで、新たなビジネスチャンスの可能性が生まれるのではないでしょうか。
『使える 弁証法』は、ビジネスにおいて重要な「洞察力」や「予見する力」を身につけることができる1冊です。一読をおすすめします。
(編集部・小村)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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