
万博は“未来の実験場”
大阪・関西万博が開幕して1カ月が経過しました。
5月6日までの一般来場者数は、200万人超(「【速報】万博の一般来場者が200万人超える 総来場者数は2日時点で突破 GW最終日6日は5.7万人 万博協会が発表」/YTV NEWS 2025年5月7日)。すでに来場された方、これから足を運ぼうとお考えの方は、少なくないのではないでしょうか。
今回の万博は、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとしており、コンセプトは「未来社会の実験場」です。会場には国内外合わせて180を超えるパビリオンがありますが、その中でも、ひときわこのテーマを体現していると思われるパビリオンがあります。
それが、万博のプロデューサーの1人、ロボット工学者の石黒浩氏が主導するパビリオン「いのちの未来」です。ここには、多数のアンドロイドやロボットが展示されており、彼らとの共生によって、「人間のいのちの可能性」が拡がっていく未来のビジョンが示されています。
石黒氏は、人間酷似型ロボット(アンドロイド)研究の第一人者。自身をモデルにしたアンドロイドである「ジェミノイド」や、タレントのマツコ・デラックス氏のアンドロイド「マツコロイド」などの製作者として、ご存じの方も多いでしょう。
アンドロイドやロボットは、果たしてどのように私たちの「いのちの可能性」を拡げてくれるのでしょうか? 今週は、それを考える参考となる1冊として、石黒氏の著書、『ロボットと人間 人とは何か』(岩波書店 刊)をPick Upします。
ロボットを通して見えた“人間の可能性”
『ロボットと人間』では、石黒氏がこれまで取り組んできたロボット研究や、それについて巡らせた思考が語られています。私が本書の中で特に印象深かったのは、ロボット研究を通してわかってきた、人間の可能性が述べられた箇所です。例えば、8章「体とは何か」の次の言葉。
〈人間の脳と体は通常、それほど密に繋がっていない〉
(『ロボットと人間』 238ページ)
石黒氏がそう考えるに至ったのは、自身をモデルにした遠隔操作アンドロイド「ジェミノイド」を開発した時に起きた現象などがきっかけといいます。
ジェミノイドの操作は簡単です。操作者の前にはモニタが置いてあり、そのモニタには、ジェミノイドから見た映像と、ジェミノイドとジェミノイドの対話相手の双方の映像が映し出されています。操作者は、これらの映像を見ながら対話者と話をするだけで、それ以外は特に何も操作しません。コンピュータがその声を分析し、遠く離れたところにいるジェミノイドの唇や、頭の動きを造り出す仕組みになっています。
このジェミノイドを使って、人としばらく話をすると、操作する人はジェミノイドの体を「自分の体」のように感じ始めるといいます。そして、話し相手がジェミノイドに触ると、操作している人は、まるで自分の体が触られたかのように感じるそうです。
ここから、人間の脳は自分以外の体(ロボット)でも、自分の体のように認識することがわかります。また、他の実験では、自分の両腕を動かすことに加えて、ロボットの「第3の腕」を脳波で動かせるようになったことが示されています。
こうしたことから、石黒氏は、次のように述べています。
〈遠隔操作ロボットの体を人間の体以上に発展させることで、それと一体化している人間は身体能力を飛躍的に発達させることができる〉
(『ロボットと人間』 239ページ)
操作するロボットの体は人間に似せたものでなくてもよい、と石黒氏は言います。例えば、翼や車輪などでも構わない。人間は様々な機能を取り込み、操れる可能性がある、と指摘します。
人間の肉体を離れ、遠く離れた多様な機械の体を自在に操れる未来 ―― 。それは私たちの可能性を大きく拡げてくれることでしょう。
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先ほど、大阪・関西万博のパビリオン「いのちの未来」では、「人間のいのちの可能性」を提示していると述べましたが、『ロボットと人間』は、その意味するものをより具体的に知ることができる本といえるでしょう。
なお、TOPPOINTライブラリーでは、石黒浩氏の著書として、他にも『アンドロイドは人間になれるか』(文藝春秋 刊)をご紹介しています。アンドロイドやロボットに関心のある方は、ぜひそちらもお読みください。
(編集部・小村)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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