「「人新世」代表地にカナダの湖 大分の別府湾は落選」。
先日、日本経済新聞を読んでいると、こんな見出しが目に留まりました。記事の内容は、国際学会「国際地質科学連合(IUGS)」が20世紀半ばからの地質年代を新たに「人新世(じんしんせい)」とすることを提案し、この時代の始まりを示す地質学的証拠の代表地としてカナダのクロフォード湖を選んだ、というものです。別府湾は代表地の候補の1つとされていたものの、惜しくも落選しました(日本経済新聞電子版2023年7月12日)。
地質年代とは、46億年の歴史を持つ地球の時代区分のこと。恐竜の話題でよく出てくるジュラ紀や白亜紀などが知られており、現在は新生代第四紀の完新世にあたります。近年、地層の分析により、1950年ごろから人類の活動規模が大きくなり、地球環境に大きな影響を与えていることがわかってきました。そこで、完新世とは区別し、1950年ごろ以降を人新世とすべきだという提案がなされているのです。
上記の記事の1カ月前、NHKスペシャルでは、人新世の証拠となる地層調査の様子が報じられていました(ヒューマンエイジ 人間の時代 第1集 人新世 地球を飲み込む欲望)。例えば、別府湾の海底から採取した地層サンプルを調べた結果、火力発電所などで石油や石炭を高温で燃やした時に排出される微粒子が、1950年代の地層以降、急激に増加していることがわかりました。また、バルト海の海底の地層サンプルでは、同時期以降、大量の藻類や植物プランクトンの死骸が堆積していました。その理由は、畑で大量に使用されるようになった化学肥料が海に流出し、藻類や植物プランクトンが異常発生したことです。
*
地球の堆積物から、人間の経済活動が地球に大きな影響を与えている証拠が次々に見つかっています。例えば、大気中の二酸化炭素の増加といった問題も、その1つに挙げられるでしょう。地球環境に危機が迫る中で、私たちはこれまで通りの経済活動 ―― 資本主義社会を続けていくべきなのでしょうか。
今回Pick Upする、『人新世の「資本論」』(斎藤幸平 著/集英社 刊)は、その解決策をドイツの経済学者カール・マルクスの思想に求めた1冊です。2020年に刊行された本書は、45万部を売り上げるベストセラーとなり、「新書大賞2021」を受賞しました。著者の斎藤幸平氏は経済思想・社会思想の専門家で、マルクス研究界最高峰の賞「ドイッチャー記念賞」を日本人初・歴代最年少で受賞しています。
本書で著者は、地球環境の危機への解決策は、「脱成長」を推進することである、と説きます。ではなぜ、脱成長とマルクスの思想が結びつくのでしょうか。それを端的に示しているのが、次の一文です。
マルクスが最晩年に目指したコミュニズムとは、平等で持続可能な脱成長型経済なのだ。
(『人新世の「資本論」』 195ページ)
すなわち、最晩年のマルクスは「脱成長コミュニズム」を目指していた、というのです。
今、著者を含め世界各国の研究者が参加し、新しい『マルクス・エンゲルス全集』の刊行が進められています。この国際的プロジェクトは、マルクスとエンゲルスが書き残したものを網羅的に収集し、すべて出版することを目指しているといいます。こうした動きの中で、マルクスが晩年に考えていたことが徐々に明らかになりつつあります。それは、従来刊行されている『資本論』からは読み取ることができないものでした。著者はこの晩年の思想に新しい可能性を見いだします。それは、例えば次のようなものです。
資本主義は自然科学を無償の自然力を絞り出すために用いる。(中略)そのような形での自然科学利用は長期的な視点では、「搾取」的・「浪費」的であり、けっして「合理的」ではない。そう批判するマルクスが求めていたのは、無限の経済成長ではなく、大地=地球を〈コモン〉として持続可能に管理することであった。
(『人新世の「資本論」』 190ページ)
ここに出てくる〈コモン〉という言葉は、マルクス再解釈のカギとなる概念の1つである、と著者は指摘します。
〈コモン〉とは、社会的に人々に共有され、管理されるべき富のことを指す。(中略)
〈コモン〉は、アメリカ型新自由主義とソ連型国有化の両方に対峙する「第三の道」を切り拓く鍵だといっていい。つまり、市場原理主義のように、あらゆるものを商品化するのでもなく、かといって、ソ連型社会主義のようにあらゆるものの国有化を目指すのでもない。第三の道としての〈コモン〉は、水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指す。(中略)そして、最終的には、この〈コモン〉の領域をどんどん拡張していくことで、資本主義の超克を目指す(後略)
(『人新世の「資本論」』 141~142ページ)
水や電力といったライフラインを公共財とし、自分たちで管理する。この〈コモン〉の領域を拡張していき、やがては大地=地球を〈コモン〉とする。このような取り組みの中で、マルクスの「脱成長コミュニズム」は従来の資本主義を超越できるというのです。
*
『人新世の「資本論」』では、脱成長コミュニズムへ移行することの必要性やその実現方法、そして脱成長コミュニズムがどのように環境危機を解決するのかを詳説しています。
脱成長ではなく、成長しつつも環境に配慮する、という方法もあるのではないか、と思われる方もいるでしょう。例えば電気自動車のようなイノベーションは、その1つです。しかし、本書によれば、電気自動車を動かす電池に使われているリチウムやコバルトなどの産出国であるチリやコンゴでは、採掘のために環境が破壊され、その影響が生態系に及んでいます。
ESGやSDGsなどの推進が叫ばれていますが、企業が真に環境に配慮した取り組みを行うことは、容易ではありません。
これからの社会はどの方向に向かうべきか。1つの指針を示した本書は、資本主義とは何か、そして未来の企業のあり方とはどのようなものかを、私たちに問いかけています。
なお、TOPPOINTライブラリーでは、斎藤幸平氏がマルクス『資本論』をわかりやすく解説した『ゼロからの『資本論』』(斎藤幸平 著/NHK出版 刊)も公開しております。あわせて読まれることで、『人新世の「資本論」』の理解も深まるのではないでしょうか。
(編集部・小村)
* * *
「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
このPick Up本を読んだ方は、
他にこんな記事にも興味を持たれています。
-
イランとイスラエルの衝突は“必然”だった!? 緊迫する中東情勢の背景を読み解く
-
「知の巨人」の原点 生態学的な視点で世界を読み解いた書
-
トランプ政権が進める米国第一主義や反リベラル的な政策 その背景を知るための1冊