誰かに「いまどれくらい健康ですか」と尋ねたとき、「20年前にマラソンを完走したことがあります」と言われれば、ピントのぼけた返事だと思うだろう。ところが、教育について尋ねて、「20年前に大学で経済学を専攻しました」という返事が戻ってきても、たいていの人は納得してしまう。
(『LIFE SHIFT2』 265ページ)
2022年10月3日に召集された臨時国会。岸田文雄首相は、所信表明演説で「構造的な賃上げ」を重点分野の1つに挙げました。(「第二百十回国会における岸田内閣総理大臣所信表明演説」首相官邸HP)
これを実現するための1つの具体策として「人への投資」を推進し、個人の「リスキリング」(成長分野に移動するための学び直し)を支援することを表明。今後5年で1兆円を投じるとしています。
冒頭に掲げたのは、企業向けに生涯学習プラットフォームを提供しているディグリード社のデーヴィッド・ブレイクとケリー・パーマーの言葉として『LIFE SHIFT2 人生100年時代の行動戦略』で紹介されている一節です。健康の重要性は人生のどの段階でも認識されているのに対し、成人教育はそうではないことがよくわかります。
岸田首相の所信表明演説は、そうした状況が変わろうとしていることを告げるものです。冒頭の発言にあるような、何年も前に受けた教育が認められる時代は終わりを迎え、常に自らの学びを点検し、必要に応じて学習し直すことが、すべての人に求められる――。そんな社会が、本格的に到来しつつあります。
しかし、リスキリングにいざ取り組もうとすると、様々な課題に直面するもの。例えば、エン・ジャパン株式会社が2022年9月に公表した調査結果では、「リスキリングに取り組む上での課題、難しいこと」についての質問に、「学習時間の確保」や「モチベーションの維持」といった回答が寄せられています(「ミドル1700人に聞く「リスキリング」実態調査」/エン・ジャパン株式会社2022年9月8日)。
では、これらの課題を乗り越えてリスキリングで成果を上げるためには、何を意識すればいいのか? 今週は、それを考える上で役立つマインドセットを教えてくれる本をご紹介します。
Pick Upするのは、冒頭にも引用した『LIFE SHIFT2 100年時代の行動戦略』(アンドリュー・スコット、リンダ・グラットン 著/東洋経済新報社 刊)。長寿社会での人生のビジョンを提示して大反響を呼んだベストセラー『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット 著/東洋経済新報社 刊)の続編で、小誌「TOPPOINT大賞 2022年上半期」(ビジネスリーダー1万人が選ぶベストビジネス書のランキング)でも第3位を獲得した1冊です。
本書は、現在進んでいる社会の変化について、次のように述べています。
いままでは、誰もが3ステージの人生を送るのが当たり前だった。それは、フルタイムで教育を受ける段階から出発し、フルタイムで仕事に携わる段階を経て、フルタイムで引退生活を送る段階へ進むという、実にシンプルなものだった。
(中略)
しかし、このような人生のストーリーを生み出し、そうした人生を歩むよう人々に促してきた要素の多くに、変化が起きはじめている。長寿化の進展により、人は平均的に見て昔より長い人生を生きるようになり、テクノロジーの進化により、人が生涯の間に経験する移行の回数も増えていく。このように人生の期間が長くなり、しかも移行と移行の間隔が短くなれば、必然的に新しい人生のストーリーが必要となる。
具体的に言えば、3ステージの人生ではなく、マルチステージの人生が当たり前になるだろう。(『LIFE SHIFT2』 57~58ページ)
訪れつつある「マルチステージの人生」においては、最初に入った会社でずっと働き続けたり、一度学んだスキルを一生使い続けたりすることは、決して当たり前ではないということです。このような文脈で見ると、リスキリングも「3ステージの人生からマルチステージの人生へ」という転換の中で現れてきた、「移行」の一例ということがわかります。
そして、現在の社会がまだ転換の途上にあることを思えば、こうした「移行」に不安感を覚えるのも、当然といえます。慣れ親しんだ環境を離れ、未知の世界に踏み出す。自分が今まで積み重ねてきた知識・経験を捨てる…。これまでの自分を否定するようで、不安を感じても不思議はありません。単に「デジタル化に対応するため、職場で求められたから」といった動機だと、円滑に移行するのは困難なこともあるでしょう。
では、どうすればいいのか。
『LIFE SHIFT2』は、100年時代の人生の軸の1つとして“物語”を挙げ、次のように述べています。
自分の人生のストーリーを紡ぎ、そのストーリーの道筋を歩むこと。それは、人生に意味を与え、人生でさまざまな選択をおこなう際の手引きになるような物語でなくてはならない。
(『LIFE SHIFT2』 56ページ)
自分が主役の人生という物語において、自分はどのようなストーリーを、どんな流れで経験し、どんな結末に行き着くのか? そう考えてみると、「いまの状況は一見地味だけれど、実は後で効いてくる重要な伏線になっている」「いまは苦しいけれど、ここでの逆境があるから後のストーリーが生きてくる」といった目で、自分の状況を捉えてみることもできます。
そして、ストーリーの実現にどんなスキルや能力が必要かを考えると、優先的に取り組むべきことも見えてきます。今回の移行を、その「優先的に取り組むべきこと」だと位置づけられれば、前向きに取り組むことができるのではないでしょうか。
先に、リスキリングが困難な理由として、「時間がない」「モチベーションが上がらない」といった声を挙げました。これは、要するに「リスキリングの優先順位がほかのものより低い」ということ。その優先順位を上げようという気になることが、まず必要です。
「自分の人生のストーリーはこうで、いま自分はこのステージにいる。だからこそ、いまこの移行が必要なのだ」
リスキリングに取り組む前にそうした全体像が設計できれば、成功確率はぐっと上がるのではないでしょうか。
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現在、リスキリングという言葉は、主に急速に進むデジタル化に対応して、人材需要の大きなデジタル分野での活躍を意図して使われています。
ですが、「マルチステージの人生」を説く本書を読めば、そこが終着点とは限らないことがわかります。自分の人生のストーリーにおいて、今回の移行はどのような意味を持っているのか。今後の人生で、自分はどのような移行をするのか。『LIFE SHIFT2』は、そうした先のことも考えながら、学び直しに取り組むことの大切さを教えてくれる1冊です。
(編集部・西田)
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