2022.10.17

編集部:西田

待ったなしの「リスキリング」 学び直せる人は何が違う?

待ったなしの「リスキリング」 学び直せる人は何が違う?

誰かに「いまどれくらい健康ですか」と尋ねたとき、「20年前にマラソンを完走したことがあります」と言われれば、ピントのぼけた返事だと思うだろう。ところが、教育について尋ねて、「20年前に大学で経済学を専攻しました」という返事が戻ってきても、たいていの人は納得してしまう。

――『LIFE SHIFT2 100年時代の行動戦略』
アンドリュー・スコット、リンダ・グラットン著/東洋経済新報社


 2022年10月3日に召集された臨時国会。岸田文雄首相は、所信表明演説で「構造的な賃上げ」を重点分野の1つに挙げました。
 これを実現するための1つの具体策として「人への投資」を推進し、個人の「リスキリング」(成長分野に移動するための学び直し)を支援することを表明。今後5年で1兆円を投じるとしています。
 冒頭に掲げたのは、企業向けに生涯学習プラットフォームを提供しているディグリード社のデーヴィッド・ブレイクとケリー・パーマーの言葉です。健康の重要性は人生のどの段階でも認識されているのに対し、成人教育はそうではないことがよくわかります。
 岸田首相の所信表明演説は、そうした状況が変わろうとしていることを告げるものです。冒頭の発言にあるような、20年前に受けた教育が認められる時代は終わりを迎え、常に自らの学びを点検し、必要に応じて学習し直すことが、すべての人に求められる――。そんな社会が、本格的に到来しつつあります。

 そんなリスキリングですが、いざ取り組もうとすると「時間がない」「モチベーションが上がらない」などの理由で、思ったような成果を上げられないことも少なくありません。そこで今週は、学び直しを成功させる上で役立つマインドセットについて説いた本をご紹介します。
 Pick Upするのは、『LIFE SHIFT2 100年時代の行動戦略』(アンドリュー・スコット、リンダ・グラットン著/東洋経済新報社)。長寿社会での人生のビジョンを提示して大反響を呼んだ名著『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著/東洋経済新報社)の続編で、弊社「TOPPOINT大賞 2022年上半期」(ビジネスリーダー1万人が選ぶベストビジネス書のランキング)でも3位を獲得した1冊です。

 本書は、まず押さえておくべき前提として、「3ステージの人生から、マルチステージの人生へ」という社会の変化を挙げています。
 3ステージの人生とは、

 

  • ①フルタイムで教育を受ける段階
  • ②フルタイムで仕事に携わる段階
  • ③フルタイムで引退生活を送る段階

 

という3つのステージを、誰もが足並みを揃えて歩んでいく人生のこと。
 「教育→仕事→引退」と、人生のステージがシンプルに3つに分かれている世界では、教育は人生の前半に集中的に行われます。だから、冒頭の発言にあるような問いに、「20年前に大学で経済学を専攻しました」と答えても、何らおかしいことはありません。
 ですが、長寿化が進み「人生100年時代」ともなると、こうした単純な構造は成立せず、崩壊します。
 働かなければならない総期間は延び、一度引退してから仕事に復帰したり、人生の節目で一時的に仕事を中断したりすることは珍しくなくなります。若い頃に受けた教育だけで一生競争し続けることは難しいため、教育と仕事のステージも混在するでしょう。また、最初に入った会社に勤め続けるのではなく、職務経験や自身の目指す将来像に合わせて何度も仕事を変えていくことが当たり前になります。

 本書は、人生のステージが多層化した「マルチステージの人生」において、人は様々な「移行」を経験することになる、と述べています。新しい職種に転身したり、キャリアを全面的に転換させたり、住む地域や国を変えたり…。リスキリングも、そうした「移行」の一環として捉えられるでしょう。
 ですが、それは簡単なことではありません。
 ロンドン・ビジネス・スクールのハーミニア・イバーラ教授によれば、人が容易に移行できることはめったになく、ほとんどの人は強い不安を感じるといいます
 その一因は、移行にはアイデンティティの変化が伴うこと。

 「私は何をする人か」
 「周りの人から、どんな人間だと見られるか」
 「私自身は、自分のことをどう見るか」

 移行を遂げれば、そうしたことがすべて変わります。
 勝手のわからない環境に身を置き、新しい人たちと知り合わなくてはならない。過去の専門分野や自信を持っていた分野を捨てなくてはならない…。こうしたことは、強い不安を引き起こします。
 リスキリングにおいても、単に「デジタル化に対応するため、職場で求められたから」といった動機だと、円滑に移行するのは困難なこともあるでしょう。

 では、どうすればいいのか。
 本書が提示するのは、移行を主体的に行うこと、というシンプルな答え。「自分ごと」として取り組むこと、とも言えます。
 『LIFE SHIFT2』では、100年時代の人生の軸の1つとして、「物語」を挙げています。自分が主役の人生という物語において、自分はどのようなストーリーを、どんな流れで経験し、どんな結末に行き着くのか?
 それはつまり、
 「私はどのような職に就くのか」
 「どのようなキャリアを築くのか」
 「自分にとって、老いるとはどういうことなのか」
といった問いかけに、自分なりの答えを描くことにほかなりません。
 そして、自分のストーリーの実現にどんな「足場」(スキル、能力、人的ネットワーク)が必要かを考えると、優先的に取り組むべきことも見えてきます。今回の移行を、その「優先的に取り組むべきこと」だと位置づけられれば、自分のアイデンティティが変わることも、必要なこととして受け止められるはずです。

 こうした考えは、リスキリングを成功させる上でも活用できます。
 先にリスキリングが困難な理由として、「時間がない」「モチベーションが上がらない」といった声を挙げました。これは、要するに「リスキリングの優先順位がほかのものより低い」ということ。
 「自分の人生のストーリーはこうで、いま自分はこのステージにいる。だからこそ、いまこの移行が必要なのだ」
 リスキリングに取り組む前にそうした全体像が設計できれば、成功確率はぐっと上がるのではないでしょうか。

 現在、リスキリングという言葉は、主に急速に進むデジタル化に対応して、人材需要の大きなデジタル分野での活躍を意図して使われています。
 ですが、「マルチステージの人生」を説く本書を読めば、そこが終着点とは限らないことがわかります。自分の人生のストーリーにおいて、今回の移行はどのような意味を持っているのか。今後の人生で、自分はどのような移行をするのか。『LIFE SHIFT2』は、そうした先のことも考えながら、学び直しに取り組むことの大切さを教えてくれる1冊です。

(編集部・西田)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2022年1月号掲載

LIFE SHIFT2(ライフ・シフト2) 100年時代の行動戦略

人生100年時代を、どう生き、働くか。迫り来る長寿社会の人生のビジョンを示し、好評を得た『LIFE SHIFT』の実践編だ。長寿化に伴い、職業人生も長くなる。若者と高齢者の人口比が変わる中、世代間の関係も軋み始めた。この様変わりしつつある世界で、良き未来をつくるための生き方を、経済学と心理学の専門家が指南する。

著 者:アンドリュー・スコット、リンダ・グラットン 出版社:東洋経済新報社 発行日:2021年11月

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