「もしトラ(もしドナルド・トランプ氏が米大統領選挙で勝利したら)」 ―― 。米大統領選に向けた共和党候補争いの最中、日本のメディアで目にするようになった言葉です。
この言葉が使われ始めた当初、おそらくはトランプ氏が再び大統領になる見込みは薄いというのが大方の見方だったのではないでしょうか。しかし、アメリカでのトランプ氏の人気はいまだ健在です。
米大統領選に向けた共和党の候補者選びのヤマ場であった3月5日の「スーパーチューズデー」でも、ライバルのニッキー・ヘイリー元国連大使に大差をつけて勝利。敗れたヘイリー氏は候補者指名争いから撤退すると発表しました(「米大統領選 共和党ヘイリー氏 撤退 トランプ氏 指名獲得確実に」/NHK NEWSWEB 2024年3月7日)。
これにより、トランプ氏は共和党候補の指名を事実上獲得し、11月にはジョー・バイデン大統領との再戦に臨むことになります。大統領時代、感情的で気まぐれな言動で世界を揺るがしたトランプ氏が国際政治の舞台へと舞い戻ってくる、すなわち「もしトラ」が実現する可能性が高まった、といえるかもしれません。
もし、トランプ氏が大統領選で勝利した場合、アメリカの政治は今とどう変わることになるのでしょうか。そのことを考える上で参考になる書籍として、今回は、トランプ氏が政権を担った時のホワイトハウスの実態を暴いた本、『FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実』(ボブ・ウッドワード 著/日本経済新聞出版社 刊)をPick Upします。
著者のボブ・ウッドワード氏は、かつて「ウォーターゲート事件」と呼ばれる盗聴事件をスクープし、ニクソン大統領を退陣に追い込んだワシントン・ポスト紙の“伝説の記者”です。ウッドワード氏は、トランプ政権の内部をよく知る重要人物らに数百時間にわたる極秘インタビューを敢行。また、会議メモや部外秘のファイル、個人の日記といった1次情報も入手し、大統領執務室やホワイトハウスでトランプ大統領の意思決定がどのように行われたのかを本書で暴いています。
本書によれば、トランプ氏は海外の同盟国の重要性や外交の価値をあまり理解していなかったらしく、例えば、西欧諸国とアメリカ・カナダが加盟する集団安全保障機構、「北大西洋条約機構(NATO)」についても、大統領就任当初は次のように主張していたといいます。
トランプは、NATOは時代遅れだと主張していた。批判の根拠はそもそも金に関係があった。加盟国それぞれがGDPの2%を防衛費として支出することが、NATOの目標だった。アメリカはGDPの3.5%で、ドイツはわずか1.2%だった。
『FEAR 恐怖の男』 125ページ
その後はジェームズ・マティス国防長官らの説得もあり、NATO賛成に回ったようですが、今回大統領選で勝利した後、再び賛成に回るかはわかりません。現に、トランプ氏は今年2月に「十分な軍事費を負担しないNATOの加盟国は、ロシアからの攻撃を受けたとしても防衛しない」と発言しています(「トランプ氏 “十分な軍事費負担ないNATO加盟国 防衛しない”」/ NHK NEWSWEB 2024年2月13日)。
また、過去には「ウクライナ戦争を24時間で終わらせる」と発言したともいわれており、トランプ氏が大統領に復帰したら、ウクライナ情勢や欧州の安全保障に大きな動きが生じる可能性があります。
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トランプ氏は大統領在任中、ツイッター(現X)を通じて情報発信を頻繁に行っていました。その中には、北朝鮮の金正恩総書記を“ちびのロケットマン”と呼ぶなど、過激な発言もしばしばみられました。
誰彼なしに攻撃することを懸念した補佐官らは、トランプ氏にツイッターを使うのを控えることや、事実を確認するために別の人物が校閲することを提案したそうです。それに対しトランプ氏は、次のように答えたといいます。
「これは私のメガホンなんだ」トランプは答えた。
「フィルターをまったく通さずに、国民にじかに語りかける手段なんだよ。雑音に邪魔されない。フェイクニュースに邪魔されない。コミュニケーションをとる方法はこれしかない。(中略)私が演説すると、CNNが報じるが、だれも見やしない、関心も持たない。なにかをツイートすると、それがメガホンになって、世界中に聞こえる」
『FEAR 恐怖の男』 295ページ
トランプ氏のツイッターアカウントは2021年の連邦議会襲撃事件を受けて凍結されましたが、ツイッター社を買収した米起業家イーロン・マスク氏により、22年11月に凍結は解除されました(「マスク氏、ツイッターでトランプ氏のアカウント凍結を解除」/BBCニュース2022年11月20日)。また、自身が立ち上げたSNS「Truth Social」では、変わらず支持者に向けた情報発信を続けています。
トランプ氏が大統領に再度就任することになれば、この2つのSNSという“大きなメガホン”を使って再び情報発信が行われることが予想されます。そうなると世界はトランプ氏の発言に、前回以上に振り回されることになるかもしれません。また、ホワイトハウスの補佐官らが氏の発言を抑えることは、前回以上に難しいものとなるでしょう。
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「過去を覚えていない人は、過去を繰り返す運命にある」
アメリカの哲学者、ジョージ・サンタヤーナの言葉です。
もしトランプ氏が今回の大統領選挙に勝利したとしても、前回の大統領就任時と同じ行動をとるとは限りません。ですが、過去の氏の行いを振り返ることは、トランプ氏の今後の言動、国際社会の行方を予測する上できっと参考になるはずです。
ちなみに『TOPPOINT』では、これまでにボブ・ウッドワード氏がトランプ政権の4年間を総括した『RAGE 怒り』や、混乱の続くアメリカ政治の実情を描き出した『PERIL危機』もご紹介しています。あわせて読むことで、“トランプ流政治”への理解が深まることと思います。まだお読みでない方は、ぜひご一読ください。
(編集部・油屋)
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