
先週公開した「今週のPick Up本」でも触れたように、中東情勢が緊迫の度を増しています。ニュースやSNSでは、激しい戦闘とそれに巻き込まれる市民の悲惨な状況が次々に報じられています。また、こうした報道の陰に隠れてしまっていますが、ロシアとウクライナ間の戦闘は今なお続き、出口が見えない状態です。
スマホでニュースを見ていると、関連する記事――中東情勢だけではなく、その他の地域で起きている戦闘も含めて――が次々と現れるため、世界中が戦闘状態にあるような不安に襲われることがあります。実際、過去の調査では、ロシアのウクライナ侵攻の報道を視聴した時間が長い人ほど、「抑うつ度」「不安感」などが強くなり、メンタルヘルスを悪化させる恐れがあることが指摘されています(「ウクライナ侵攻報道がメンタルヘルスに影響 大人も子供も対策必要」/毎日新聞2022年6月23日)。
戦争だけではありません。地球温暖化や自然災害などの気候変動に関する報道においても同じです。そうした報道などを原因として、世界では若者を中心に「エコ不安症」が広がっているといいます(「気候不安(エコ不安)とは・意味」/ IDEAS FOR GOOD)。
こうした、世界の状況がだんだんと悪くなっていくと思われる状況の中で、改めて読んでほしい本があります。それは『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(ハンス・ロスリング他/日経BP社)です。本書は2019年の邦訳刊行後、100万部を超えるベストセラーとなりました。また、2019年上半期のTOPPOINT大賞にも選ばれています。
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突然ですが、次の問題に答えてみてください。
質問7 自然災害で毎年亡くなる人の数は、過去100年でどう変化したでしょう?
A 2倍以上になった
B あまり変わっていない
C 半分以下になった
(『FACTFULNESS』 11ページ)
本書によれば、正解はCです。台風や山火事など、自然災害の報道をたびたび目にしていると、そうは思われないかもしれませんが、事実は半分以下に減っているのです。
著者の1人であるハンス・ロスリングは、こうした世界の事実に関する質問――貧困や富、人口、出生、教育、保健など――を数十年間、何千人もの人々に投げかけてきました。しかし、多くの人が正解できなかったといいます。その原因を突き詰めると、単なる知識不足ではなく、人々が次のような先入観を持っているという結論にたどり着きました。
「世界では戦争、暴力、自然災害、人災、腐敗が絶えず、どんどん物騒になっている。金持ちはより一層金持ちになり、貧乏人はより一層貧乏になり、貧困は増え続ける一方だ。何もしなければ天然資源ももうすぐ尽きてしまう」(中略)わたしはこれを「ドラマチックすぎる世界の見方」と呼んでいる。精神衛生上よくないし、そもそも正しくない。
(『FACTFULNESS』 20~21ページ)
先述したような、戦争や気候変動に関する報道をたびたび目にしていると、「ドラマチックすぎる世界の見方」をしてしまうのももっともなことのように思います。しかし、その見方は正しくない、と著者たちはいいます。なぜなら、世界を取り巻く状況はだんだんと良くなっていることが、様々なデータから実証できるからです。本書はそうした事実を数多く紹介しており、私たちの世界に対する見方を変えてくれます。
なぜ私たちは、「ドラマチックすぎる世界の見方」をするのでしょうか。著者たちはその答えを、人間の脳の機能に求めます。そうした見方を生み出す“本能”が人間には備わっているというのです。本書で著者たちが挙げている本能は、全部で10個。それぞれに「分断本能」「ネガティブ本能」「過大視本能」といった名前がつけられています。
では、私たちが本能を抑え、事実を基に世界を見るためにはどうすればよいのでしょう。著者たちは、「ファクトフルネス」という習慣を生活に取り入れることを勧め、その方法を解説しています。
例えば、人間には、ポジティブな面よりもネガティブな面に注目する「ネガティブ本能」があります。戦争や気候変動といった暗いニュースに触れると、この本能が刺激され、「世界はどんどん悪くなっている」という思い込みを招くのです。
本書は、ネガティブ本能に対するファクトフルネスとして、次の方法を示します。
ネガティブなニュースに気づくこと。そして、ネガティブなニュースのほうが、圧倒的に耳に入りやすいと覚えておくこと。物事が良くなったとしても、そのことについて知る機会は少ない。すると世界について、実際より悪いイメージを抱くようになり、暗い気持ちになってしまう。ネガティブ本能を抑えるには、「悪いニュースのほうが広まりやすい」ことに気づくこと。(中略)悪いニュースを見たときは、「同じくらい良い出来事があったとしたら、自分のもとに届くだろうか?」と考えてみよう。
(『FACTFULNESS』 94~95ページ)
ネットのニュースを読んでいると、ネガティブな記事が目につきがちです。しかし、「○○工場で事故が起きた」ことは記事になっても、「○○工場で事故は起こらなかった」ことは記事にならない、ということを本書は指摘します。「悪いニュースのほうが広まりやすい」と考えることで、本能に流されない判断を行うことができるのです。
人間の本能は簡単に変えることができません。そのため、ファクトフルネスの習慣を身につけることは、冷静に物事を判断し、正しい意思決定を行うために重要です。SNSなどで過剰な文言があふれる現在、この習慣の身につけ方を説いた『FACTFULNESS』はビジネスパーソンにとって必読の1冊といえるでしょう。
本書はベストセラーであり、すでに読まれた方も多いかもしれませんが、先述の通り、人間には「ドラマチックすぎる世界の見方」をする本能が備わっています。折に触れて読み返し、この本能を抑えられているか、ファクトフルネスの習慣が身についているか、確かめることが大切だと思います。
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ところで、本書の脚注によれば、著者らが上述の10の「本能」について考えるにあたっては、認知科学者の様々な著作から影響を受けたといいます。
その中には、TOPPOINTライブラリーに掲載している『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』(ダン・アリエリー/早川書房)や、『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』(T・ギロビッチ/新曜社)が含まれています。人間の不合理ともいえる性質に興味をお持ちの方は、ぜひそちらもお読みください。
(編集部・小村)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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