
今月7日、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスが、イスラエルに向けて奇襲攻撃を開始。それに対してイスラエルは報復攻撃を加え、双方で多くの人命が失われました(「ハマスがロケット弾数千発 イスラエル首相「戦争状態」」/日本経済新聞2023年10月7日)。
今回に限らず、ユダヤ人国家であるイスラエルとアラブ系のパレスチナとの間では、紛争が相次いで発生しています。ではなぜ、紛争が発生しているのでしょうか? そもそも、何が問題なのでしょうか?
こうした疑問に答えてくれるのが、今週Pick Upする本『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』(ダニエル・ソカッチ/NHK出版)です。
著者のダニエル・ソカッチ氏は社会活動家で、イスラエルの民主主義を名実共に達成させるためのNGO、「新イスラエル基金」のCEOを務めています。氏はアメリカで生まれ育ったユダヤ人ではありますが、ユダヤ人側に肩入れすることなく、イスラエル-パレスチナ問題について中立的な視点で描いています。
このことは、ソカッチ氏が本書の「はじめに」で次のように述べていることからもうかがい知れるのではないでしょうか。
イスラエル人とパレスチナ人はどちらも正しく、どちらも間違っている――どちらも、自分ではどうにもならない力の、お互いの、自分自身の犠牲者なのである。
(『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』12ページ)
イスラエル-パレスチナ問題への理解を難しくする要因の1つが、多くの人々がイスラエルあるいはパレスチナのいずれかに味方する論陣を張っていることです。そのため、ただ受け身で情報を得ているだけでは、一方にとって都合の良い(時として事実ではない)意見を信じ込んでしまいかねません。その点、このテーマについて中立的に書かれた本書は、背景知識に不安のある人にとってぴったりの書といえるでしょう。
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『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』は、2部構成になっています。
第1部では、旧約聖書の時代から現在に至るまでのイスラエルの歴史を語り、第2部ではイスラエルを巡る今日の厄介な問題のいくつかを取り上げ検討しています。
第2部で取り上げている厄介な問題の1つが、「地図」です。著者によれば、イスラエルとパレスチナ自治政府の双方で、プロパガンダの手口として地図が使われているといいます。
イスラエルやパレスチナ自治政府による公式の領土地図は、たいがいグリーン・ラインも、相手方がその土地に実在する事実も示さず、代わりに不可分の国という夢想を描いている ―― 全部イスラエル、あるいは全部パレスチナなのだ。
(『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』244ページ)
どういうことかというと、両国の地図は、現実ではなく理想を地図に反映しているということです。これを見て育った人たちは、やがて地図が示す理想と現実とが違うことに気づき、嫌悪を抱きます。それが新たな紛争へとつながる危険性があると、著者は指摘します。
今回イスラエルに攻撃を仕掛けたハマスは、武装闘争によるイスラム国家樹立を目的に設立された組織です(ハマス/公安調査庁HP)。過去何度もイスラエルに対して武装闘争を仕掛けているのですが、著者の指摘通りならば、もしかすると彼らの中には、パレスチナの地図が示す理想を現実にするという思いがあるのかもしれません。
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イスラエルにはユダヤ人しか住んでいないと思いがちですが、そんなことはありません。駐日イスラエル大使館のホームページを見ると、イスラエルの人口の約24%(約170万人)は、非ユダヤ人=アラブ系国民だそうです。そのうち約100万人が、イスラム教徒です(国民-多様な民族と文化/駐日イスラエル大使館HP)。
『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』によれば、アラブ系国民は、表向きはユダヤ系国民と同じ権利を持つとされていますが、実際は多くの面で平等ではないといいます。
アラブ系とユダヤ系のイスラエル人はおおむね別々の社会圏で、別々の学校制度を持ち、しばしば別々の地域とコミュニティで、別々に暮らす。(中略)
イスラエルのアラブ系国民は、何気ない差別、侮辱的な待遇、尋問、空港のような場所での拘束を日常的に受けており、その種の扱いに何十年も不満を表明し続けても、状況は変わらない。(『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』253~255ページ)
こうした問題を抱えるイスラエルですが、シリアやサウジアラビアといった近隣のアラブ諸国よりは民主的な社会であり、国民の権利と自由が守られていると指摘する人もいます(著者もそのことについては認めています)。ただ、今回のハマスによる攻撃によって、イスラエルに住むアラブ系国民への視線はより厳しいものになってしまう恐れがあるのではないでしょうか。
ロシアがウクライナを侵攻した際には、日本でも在日ロシア人への差別や誹謗中傷がSNSを中心に行われたという報道もあります(「誹謗中傷に嫌がらせ 心痛の在日ロシア人「誰も戦争望んでいない」」/産経新聞2022年3月12日)。今回の事件を機に、何の罪もないアラブ系国民が差別されないか、また更なる事件へと発展しないか、非常に心配になります。
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世界的に注目されるイスラエルですが、日本から遠く離れた国であり、直接の影響を感じにくい部分もあります。そのため、重要な問題だとは思いつつも漠然とした知識しか持ち合わせていないという人も少なくないのではないでしょうか。
そういった方にこそ、まず『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』を読むことをお勧めします。イスラエルの歴史や現状を知ることができるのはもちろん、今後、中東和平に向けてどのような取り組みが必要かを考える上で、きっと参考になるはずです。今、世界で起きている問題を他人事にせず、また悲劇を繰り返さないためにも、手に取っていただきたい1冊です。
(編集部・油屋)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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