
パンデミック、戦争、エネルギー危機、食糧不足、インフレ…。
今日の世界は、これまでの日常を根底から覆すような難題にさらされています。
企業のリーダーたちは、経営にも大きな影響を及ぼすこうした危機を乗り切るために、どう組織を運営すればよいのでしょうか?
今週Pick Upするのは、その悩みへのヒントを、中国古典を通して示してくれる本、『組織サバイバルの教科書 韓非子』(守屋 淳/日本経済新聞出版社)です。
『韓非子』の著者とされる韓非が活躍したのは、紀元前3世紀頃の中国。当時は戦国時代の乱世で、彼が暮らしていた韓の国も、当時最強の秦の国に絶えず脅かされていました。
そんな状況で自国が生き延びるために、君主はいかなる統治機構を備えるべきか――。韓非は考え抜き、その結果生まれたのが、『韓非子』の思想です。2000年以上前の書ですが、組織が常に脅かされているという時代背景は、今日にも通ずるところがあります。
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では、その思想は、一体どのようなものでしょうか。
本書の著者、守屋淳氏は次のように解説しています。
『韓非子』の著者・韓非は、韓という国の王族の一員であった。自国が弱体化するのを食い止めようと、王にその原因をたびたび具申していたが、その内容は次のようなものであった。
①法制を明確にしようとしない
②権力で臣下をコントロールしようとしない
③富国強兵に努め、人材を求めて賢者を登用しようとしない
④うわべを取り繕って国を蝕む人物を、本当に功績ある者の上に置いてしまう
①と②とは、まさしく『論語』的な「徳治」に起因する問題点だ。(『組織サバイバルの教科書 韓非子』 60ページ)
この4つが、『韓非子』にとっての重点項目といっていいでしょう。
ここで「『論語』的な「徳治」に起因する問題点」という言葉が出てきますが、この部分に先立って、守屋氏は次のような「徳治の問題点」を指摘しています。
- ・徳を身につけられるか、身につけ続けられるかは、個人の問題になってしまう。このために必須な個人の意思が揺らぐと、根本も揺らいでしまう
- ・上司と部下の関係が、「徳と信頼」という絆でしか結ばれていないため、何かあればコントロールできなくなる。(中略)
- ・先輩や、お世話になった人には、特に逆らいにくい
(『組織サバイバルの教科書 韓非子』 58ページ)
「お友達人事」や「公私混同」など、現代日本の政治・社会を揶揄する言葉は数多くありますが、氏の指摘は、これらの言葉に共通する『論語』的発想の限界を端的に言い表したものといえるでしょう。
上記4項目の問題点が組織にはびこっていないか、権力を持つ側が自己点検すること。組織が、危機を乗り切れるだけの力を持続的に発揮するためには、まずこの点が必要だといえそうです(ちなみに、4項目の③と④の解説については、TOPPOINTの要約で紹介しています)。
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さて、以上のことから見えてくるのは、『論語』に対する問題意識と、それに対する批判的回答としての『韓非子』、という構図です。そしてこの構図こそ、『組織サバイバルの教科書 韓非子』の大きな特徴の1つとなっています。
本書は、『韓非子』についての本でありながら、それに劣らないほど『論語』についても丁寧に解説します。守屋氏は、この2つを対比させ、その違いを浮き彫りにしています。例えば――
1 人のあり方
【論語】――人間、志が重要だ(中略)
【韓非子】――しょせん人間は利益に目がくらむ(中略)
2 政治において重視するもの
【論語】――上下の信用(中略)
【韓非子】――信用など当てにしていたら裏切られる(『組織サバイバルの教科書 韓非子』 25~26ページ)
真逆ともいえる両者の発想ですが、この対比を見ると、『論語』はやや理想主義的で、『韓非子』の方が冷静に現実を見ているように思えます。
一方で、『韓非子』の主張を徹底した組織が実在すれば、働く側にとってはずいぶん息苦しい組織だという気もします。心理的安全性などなく、協力して何らかのチャレンジに挑む、といったことも行われ難いでしょう。「パーパス」の重要性が説かれる今日の社会においては、「志」を重視する『論語』的価値観の方が見直されているとみることもできます。
『論語』と『韓非子』、この対立について、どちらに軍配を上げるべきか。
『韓非子』についての本なのだから、当然後者…と思いきや、守屋氏は次のように自説を展開します。
この二つ、あえて一つにくくるとすれば、筆者は、
「性弱説」
になるのではないか、と考える。そう、人の本性は「弱さ」にあるのだ。地位も名誉も欲しいが、面倒くさいことはしたくないし、辛い思いもしたくない。利益を見ればそちらになびきたくなる。状況が酷くなれば、あっさり悪の方へと落ちていくし、よい状況が続けば、堕落していく――。
「しかしその弱さをはねのけ、憧れる力や、師匠からの感化力によって、人は志を持てるし、学ぶことによって成長することができる」
と、人の内面に寄り添う形で考えたのが孔子。
「状況次第で、多くの人は自分の弱さにあらがえなくなる。ならば、逆にその性質を利用して、組織や国がまわるシステムを作ってしまえ」
と、統治する側の上から目線で考えたのが韓非、となるわけだ。(『組織サバイバルの教科書 韓非子』 75ページ)
こうして示されると、両者の思想は、決して常に対立するものではなく、その根底には共通する人間観が流れていることがわかります。そしてこの人間観は普遍的であり、時代が下っても当てはまるものでしょう。
リーダーは徳をもって人々を導け、ただしシステムは客観的・厳格に運用を――。両者の対比からは、そうしたリーダー像・組織像が見えてきます。
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「西のマキアベリ、東の韓非子」「経営者が愛読しているにもかかわらず、それがほとんど口外されない名著」などとも呼ばれる権力論の古典、『韓非子』。
その『韓非子』を『論語』のエッセンスとともに解説した『組織サバイバルの教科書 韓非子』は、組織のリーダーはいかにあるべきか、組織を動かす制度をいかに作るべきか、といった点について、広い視野から考える材料を与えてくれるでしょう。
本書読了後、『韓非子』をさらに深く知りたいと思われた方には、全文を平易に訳した『韓非子 全現代語訳』(本田 済 訳/講談社)をお勧めします。
(編集部・西田)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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