2023.4.24

編集部:西田

情報が正しいか否かは重要ではない!? 人の意見を変えるための“影響力の科学”

情報が正しいか否かは重要ではない!? 人の意見を変えるための“影響力の科学”

 会議やプレゼンの場でのこと。
 データを揃え、ファクトに基づいて論理的に自分の正しさを説明した。当然、相手も納得してくれると思っていたが、実際は何やかやと理屈をつけられ、結局こちらの意見は採用してもらえなかった…。
 そんな経験をしたことはないでしょうか。
 疑いようのない事実をもとにした説得が、まるで成果につながらない。そうしたことは、日常生活やビジネスシーンで珍しくありません。

 一方で、私たちは生きていくうえで、そして仕事を進める中で、「人の意見を変える」必要に迫られることが多々あります。
 特にリーダー・マネジャーにとって、多様なメンバーの意見をまとめ上げ、チームとして1つの方向性をつくっていくことは、重要な課題です。

 このジレンマを、どう解消すればいいのか?
 今週Pick Upするのは、この点に1つの示唆を与えてくれる本、『事実はなぜ人の意見を変えられないのか 説得力と影響力の科学』(ターリ・シャーロット/白揚社)です。

 本書は、「事実で人を説得できるか?(事前の信念)」と題した章で、こんな実験結果を示します。

 

チャールズ・ロード、リー・ロス、マーク・レッパーら三人の科学者は、アメリカの大学から「死刑を強く支持する学生」と「死刑に強く反対する学生」計四八人を選んで、全員に二つの研究結果を提示した。一つは極刑の有効性に関する証拠、もう一つは効果のなさに関する証拠を示した研究結果である。(中略)
死刑を強く支持していた学生は、有効性が立証された資料をよくできた実証研究と評価する反面、もう一方を不用意で説得力のない研究だと主張した。そして、もともと死刑に反対していた学生はまったく逆の評価をした。最終的に、死刑支持者は極刑へのさらなる熱意を抱いて研究室をあとにし、死刑反対論者はそれまでより熱い思いで死刑に反対するようになった。この実験によって、物事の両面を見られるようになったどころか、意見の両極化が進んでしまったのだ。

(『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』 22~23ページ)

 

 この実験が明らかにしているのは、人は、自分の「事前の信念」(=先入観)に沿う事実を選択的に受け入れ、さらにその信念を強化するものだということです。そのような事実ばかりを求める傾向は、「確証バイアス」として知られています。
 言い換えれば、「正しいから信じている」のではなく、「信じているから正しい」ということかもしれません。であれば、いくら事実として誤りだと説いたところで、効果が薄いのは無理もないことでしょう。
 こうした「事前の信念」をはじめ、「感情」や「主体性」など、人の思考プロセスには“7つの要素”がある。そしてそれが、私たちの意見に大きく影響を与える――。
 本書は、そう主張します。結果として、7つの要素を無視した事実や論理では人の意見は変えられない、と。

 では、これらの要素にどう対処すれば、人の意見を変えられるのか?
 TOPPOINTの要約では、上述の「事前の信念」に関しては「共通の動機を見いだす」、「主体性」に関しては「権限を与えて人を動かす」など、要素ごとに紹介しています。
 例えば後者の方法。本書は、次のように説きます。

 

人間は生物学上、自分がコントロールしているときは満足感という内なる報酬を受け、そうでないときは不安という報いを受けるようにできている。(中略)
コントロールを委ねること、もしくはコントロールしている気持ちにさせることは、最終的には人を行動させるうえで最善の方法になるのである。

(『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』 125~127ページ)

 

 自分が状況をコントロールしたいと思うのと同じように、相手も自分の思い通りに仕事を進めたいと思っている。当たり前のことながら忘れてしまいがちな対人関係の基本を、この事実は思い出させてくれます。

 同時に、人の意見を左右する要素について知っておくことは、「影響される側としての自分」にとっても有用です。
 SNSの隆盛は、自分と同じような意見にばかり触れる「エコーチェンバー」や、自分好みの情報以外が自動的にシャットアウトされる「フィルターバブル」の問題を浮き彫りにしました。
 加えて生成AIの進化により、生活はより便利になる一方で、私たちはより騙されやすくなっているようにも思われます。2022年の台風襲来時に被害状況のフェイク画像がSNS上に出回ったことは記憶に新しいですし、チャットGPTのような対話型AIは、極めて自然な応答をする一方で、その内容が必ずしも事実とは限らないとも指摘されています。

 こうした環境において、本書が説く“7つの要素”を意識しておくことは、情報の真贋を見極める助けとなってくれるでしょう。
 ある情報を信じそうになった時、それが自分の「事前の信念」に合っているから信じるのか、あるいは「感情」を揺さぶられたからなのか、それとも事実だからなのか…。
 自分の思考プロセスを追うことで、信じるべき情報かどうか、落ち着いて分析することができるはずです。

 メンバーの意見をまとめ、チームを率いるリーダー・マネジャーに。あるいはフェイクニュースに踊らされたくないビジネスパーソンに。『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』は、情報の時代を生き抜くうえでのコミュニケーション・情報リテラシーの教科書として、一読をおすすめしたい1冊です。

(編集部・西田)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2020年9月号掲載

事実はなぜ人の意見を変えられないのか 説得力と影響力の科学

言い争いや議論の時、明らかな事実を示し、論理的に主張する。これは優れた方法のように思えるが、実はそうではない。事実を示すことで、相手の気持ちをさらに頑なにすることも。では、どうすれば、他者をうまく説得し、動かすことができるのか? 認知神経科学者が、科学に基づくとっておきの“説得の技法”を紹介する。

著 者:ターリ・シャーロット 出版社:白揚社 発行日:2019年8月
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