
2023年2月28日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、宇宙飛行士候補者の募集結果を発表しました。募集が行われたのは13年ぶりで、応募者の数は過去最多となる4,127人。JAXAは「これから宇宙飛行士の活動の場が月周回や月面に広がることを見据え」募集を行ったとしており、今後、一般の人々にとっても宇宙がより身近なものになっていくことが期待されます。
さて、そんな宇宙について、「銀河系の果てまで行ったこともあるし、ブラックホールの内部に入ったことも、時間の始まりにまで遡ったこともある」と語った人物がいます。――「頭と物理法則を使って」、宇宙をまたにかける旅をしてきた、と。
その人物の名は、スティーヴン・ホーキング。特にブラックホールの研究で有名で、「車いすの天才」としても知られる偉大な科学者です。
2018年3月14日にこの世を去ったホーキング博士。その命日を前に、今週は博士の最後の著書である『ビッグ・クエスチョン 〈人類の難問〉に答えよう』(スティーヴン・ホーキング/NHK出版)をPick Upしたいと思います。
本書の魅力の1つは、世界最高峰の宇宙物理学者が、誰も解き明かしていない究極の問いについて、わかりやすく、時にユーモアを交えながら語っている点でしょう。
本書で取り上げられる「ビッグ・クエスチョン」は10あります。そのうち「ブラックホールの内部には何があるのか?」「タイムトラベルは可能なのか?」など6つは、ホーキング博士の研究分野に関わる問いです。
当然、きわめて専門性の高い内容ですが、本書では難解な数式をほぼ用いず、平易に語られています。加えて、博士一流の「お茶目さ」が随所に見受けられ、読む者を飽きさせません。
例えば、「タイムトラベルは可能なのか?」という章の最後で、博士はこんなエピソードを明かしています。
二〇〇九年に私は、タイムトラベルに関する映画のために、タイムトラベラーをもてなすパーティーを、所属するケンブリッジ大学ゴンヴィル・アンド・キーズ・カレッジで開きました。本物のタイムトラベラーだけが来るよう、パーティーが終わるまで招待状は送りませんでした。パーティーの日、お客さんが来ることを期待して待ったものの、結局、誰も来ませんでした。
(『ビッグ・クエスチョン』 160ページ)
そりゃ誰も来ないよね…と笑ってしまいましたが、その後で、笑っている時点で自分は固定観念に囚われているのだな、と気づかされました。
コペルニクス以前の人が「回っているのは地球ではなく周囲の天体」だと考えていたように、当たり前と思っていることが必ずしも正しいとは限らない。実験もせずに結論を決めつけているような態度は科学的とはいえないよ、と叱られているような気になりました(ちなみに博士自身は、過去へのタイムトラベルは不可能、という立場だったそうです)。
もし誰かが招待状を持って訪ねてきたら、その人はタイムトラベラーだと言えるのだろうか? このエピソードを読んで、ふとそんなことを考えたりもしました。
本書には、こうした印象的な物語が挿入され、門外漢でも楽しく読めるものとなっています。
*
この本の魅力は、科学の教養を得られることだけではありません。
ビッグ・クエスチョンの残りの4つは、「宇宙に植民地を建設するべきなのか?」「人工知能は人間より賢くなるのか?」など、ホーキング博士の専門分野外に関するものです。
例えば、人工知能(AI)。博士は、「人工知能は人間より賢くなるのか?」という章で、「ターゲットを自ら選んで抹殺する自律兵器システムの軍拡競争」について懸念を示します(この懸念については、TOPPOINTの要約でも紹介しています)。
ロシアによるウクライナ侵攻の開始から1年余り。報道によれば、双方の陣営からドローンなどの無人兵器が戦場に投入され、戦況に影響を与えています。今後、AI兵器を開発する国々がウクライナでの実戦データを踏まえて開発を加速させる、との報道もあり、ホーキング博士の危惧が、早くも現実になろうとしていることに不安を覚えます。
ひとことで言えば、スーパーインテリジェントな(超知能を持つ)AIの到来は、人類に起こる最善のできごとになるか、または最悪のできごとになるだろうということだ。
(『ビッグ・クエスチョン』 204ページ)
この博士の言葉は、AIが人類にとってよいものになるか悪いものになるかは、それを設計し、扱う人間にかかっている、という当たり前のことを思い出させてくれます。
当代きっての天文学者が、専門外の問いについても、その時点で得た情報に基づき、自らが正しいと考えることを率直に語っている。それがこの本のもう1つの魅力でしょう。
*
前述のAIの章では、ホーキング博士は「世間では私は、人類という種の未来について楽天家だとされているが、私自身はそうとも思えない」と書いています。ですが本書は、全体としては明るく、未来に希望を感じられるような雰囲気をまとっています。
それは、ユーモア漂う筆致のせいもあるでしょうが、それぞれのビッグ・クエスチョンに対し、博士が「何ができるのか」に焦点を当てて語っているためでもあるでしょう。
博士は、本書の最後のビッグ・クエスチョンにおいて、こう語っています。
顔を上げて星に目を向け、足元に目を落とさないようにしよう。それを忘れないでほしい。見たことを理解しようとしてほしい。そして、宇宙に存在するものに興味をもってほしい。知りたがり屋になろう。人生がどれほど困難なものに思えても、あなたにできること、そしてうまくやれることはきっとある。大切なのはあきらめないことだ。想像力を解き放とう。より良い未来を作っていこう。
(『ビッグ・クエスチョン』 227ページ)
21歳の時にALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断され、余命いくばくもないとの告知を受けた博士。全身がほとんど動かなくなる病気と闘いながら、研究活動に精力的に取り組み、76歳まで生き抜いた。そんな人物だからこそ、本書の言葉には重みがあります。
博士の葬儀で、棺は「ユニバース」(宇宙)と名付けられた白百合と、「ホーラー・スター」(北極星)と名付けられた白バラに覆われたそうです(「故ホーキング博士の葬儀、著名人や市民らが多数参列」/ロイター2018年4月2日)。
かつて北極星が船乗りたちの航海を導いたように、ホーキング博士の生き様とその言葉は、「顔を上げて星に目を向け、足元に目を落とさないように」生きようとする人を導く北極星になってくれるのではないでしょうか。
(編集部・西田)
* * *
「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
他のPick Up本
-
2022.9.20
企業で導入の進む「ジョブ型雇用」 その原理原則がよくわかる1冊
-
2023.2.20
組織の成功は「文化」で決まる! 世界的VC創業者が語る優れた企業文化のつくり方
-
2023.12.4
「顧客価値×収益化」 顧客を満足させながら、企業が利益を得る仕組みをつくる方法とは?