我が家では、朝、洗面所で顔を洗って鏡をみると、「版」「制」という文字が目に飛び込んできます。トイレの便器に座ると「臨」「熟」が、そしてリビングの壁を見ると「穀」「善」が…。
1文字ずつ、15センチ四方の折り紙にマジックで書かれ、貼りだされています。これらの漢字は、小学生の子どもが夏休みの宿題で行った漢字の書き取りで間違ったものです。
間違った漢字は、何度も書き直しさせることが覚える近道だとは思うのですが、親の考えを子どもが素直に実行することは、特に年齢が上がるにつれてなくなってきます。そのため、書き取りをせずとも漢字を覚えるための工夫の1つとして、普段見ることの多い場所に漢字を貼りだしている、というわけです。
こんなふうに、子どもの教育や子育てに関して親は試行錯誤の連続です。職場では上司としてリーダーシップを発揮し、部下を上手に指導していても、子どもの指導にはてこずっている人も多いのではないでしょうか。
今週Pick Upする、『「学力」の経済学』(中室牧子 著/ディスカヴァー・トゥエンティワン 刊)は、そんな子育ての参考となる1冊です。本書は教育書としては異例の30万部を超えるベストセラーとなりました。その内容は親のみならず、すべての大人にとって、自分自身の成長や部下・後輩の育成に参考となるものです。
本書の特色は、著者が「教育経済学」の研究者であることです。教育経済学とは、教育を経済学の理論や手法で分析する応用経済学の一分野。その専門家である著者は、教育を論じる時に絶対的な信頼を置いているものがあるといいます。それが「データ」です。その通りに、本書では様々な実験結果から導き出された知見をもとに、教育や子育てに関するアドバイスを述べています。
「ほめ方」次第で子どもは努力する
私も本書を読み、子育てに生かしている点がいくつかあります。その1つが、「ほめ方」です。
子どもをほめて自尊心を高めるような育児法は、多くの人に支持されています。しかし著者は、ただほめて自尊心を高めるだけでは学力は伸びない。「ほめ方」が大事だ、と語ります。
そのことを示す例として、コロンビア大学のミューラー教授らが小学生を対象に行った実験を紹介しています。この実験では、子どもたちを2つのグループに分けてIQテストを受けさせました。そして、一方のグループには、テストの結果がよかった時、「あなたは頭がいいのね」と、子どものもともとの能力を称賛する言葉を伝えます。もう一方のグループには、「あなたはよく頑張ったね」と、努力を称賛する言葉を伝えました。
さらにその後、同じ子どもたちに、より難しいIQテストを受けさせるなどして、結果の推移を調べました。すると、もともとの能力をほめられた子どもたちは成績を落としたのに対し、努力をほめられた子どもたちは成績を伸ばしたのです。
この実験を踏まえて、著者はこうアドバイスします。
子どもをほめるときには、「あなたはやればできるのよ」ではなく、「今日は1時間も勉強できたんだね」「今月は遅刻や欠席が一度もなかったね」と具体的に子どもが達成した内容を挙げることが重要です。そうすることによって、さらなる努力を引き出し、難しいことでも挑戦しようとする子どもに育つというのがこの研究から得られた知見です。
(『「学力」の経済学』 51ページ)
私もこの知見を参考にしました。子どもがよい点をとったテストを見せに来た時には、点数をほめるのではなく、「毎日コツコツ勉強している成果がでたね」などと言ってほめるようにしています。ただ、それによって子どもの努力をさらに引き出せているのかどうかは、まだ確証が得られていませんが…。
人生において大切な「非認知能力」
他に、私が本書を読んで参考になったところは、「非認知能力」の大切さについて述べた箇所です。非認知能力とは、次のような能力のことをいいます。
IQや学力テストで計測される認知能力とは違い、「忍耐力がある」とか、「社会性がある」とか、「意欲的である」といった、人間の気質や性格的な特徴のようなものを指します
(『「学力」の経済学』 86ページ)
忍耐力や社会性といったものが、人生において大事であることは皆さんも経験的にご存じでしょう。本書では、この非認知能力が数値化でき、しかも人生に大きな影響を及ぼすことが述べられています。
非認知能力は、本来目に見えないものですが、(中略)心理学的な方法を使って、数値化することができます。そして、その数値を分析した結果、非認知能力は、認知能力の形成にも一役買っているだけでなく、将来の年収、学歴や就業形態などの労働市場における成果にも大きく影響することが明らかになってきたのです。
(『「学力」の経済学』 86ページ)
人生を成功に導く上で重要な非認知能力として、本書では「自制心」や「やり抜く力」などの能力を挙げています。また、こうした力を鍛える方法についても紹介しています。
例えば、「自制心」は「意識しないとしづらいこと」を継続的に行うことで鍛えられるといいます。そのことを裏付けるものとして、先生から「背筋を伸ばせ」と言われ続けてそれを忠実に実行した学生は成績の向上が見られたという研究報告を挙げ、著者はこう解説します。
もちろん、背筋を伸ばしたことが直接、成績に影響を与えたわけではありません。「背筋を伸ばす」のような意識しないとしづらいことを継続的に行ったことで、学生の自制心が鍛えられ、成績にもよい影響を及ぼしたのでしょう。
(『「学力」の経済学』 93ページ)
なお、本書では子どもの非認知能力を培う場として、部活動や課外活動を挙げています。私もこの記述を参考として、できるだけ学校以外のイベントがあれば子どもに参加させるようにしています。ただし、親が注意しなければならないのは、すぐに効果がでるわけではないことです。いろいろな経験をさせて、「長い目で見守る」ことが大切でしょう。
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『「学力」の経済学』は子どもが本当に伸びる教育のあり方について、データをもとに明らかにした本です。先ほども述べたように、本書の内容は子どもに限らず、大人にとっても参考となる点が多く含まれています。例えば、非認知能力の向上のために努力することは、大人になってからでも遅くはないでしょう。また、上司の立場にある人にとっては、ほめ方のコツなどは部下の育て方へのヒントとなるかもしれません。
なお、本書は現在、新書版(ディスカヴァー携書)で読むことができます。
(編集部・小村)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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