2023.1.30

編集部:西田

人材ファーストの組織へと自社を変革するには? 「人的資本経営」実現へのヒントを示す

人材ファーストの組織へと自社を変革するには? 「人的資本経営」実現へのヒントを示す

 近年、「人的資本経営」への注目度が高まっています。
 人的資本経営とは、「人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」(出典:人的資本経営コンソーシアム)のこと。人材を、消費される「資源」ではなく、投資すべき「資本」とみなすところに、1つのポイントがあります。
 経済産業省は、2020年9月には「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書~人材版伊藤レポート~」を、2022年5月には「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0」を、それぞれ公表しています。2022年8月には、人的資本経営の実践に関する先進事例の共有や企業間協力に向けた議論などを行う「人的資本経営コンソーシアム」が設立されるなど、人的資本経営の実現に向けた取組が官民挙げて急ピッチで進んでいることがわかります。

 「こうした流れの中で、自社でも人的資本経営を実現するには、どんな打ち手を講じればよいのか?」――そんなニーズを満たしてくれる本が、今週Pick Upする『Talent Wins 人材ファーストの企業戦略』(ラム・チャラン、ドミニク・バートン、デニス・ケアリー著/日本経済新聞出版社)です。
 2つの人材版伊藤レポートよりも前に刊行されたものですが、本書には、これらのレポートの提言内容を実践する上で参考になる点が数多く盛り込まれているように見受けられます。

 例えば、「CHRO」(最高人事責任者)について。
 持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会の「参考資料集」によれば、「人材マネジメントの課題として、「人材戦略と経営戦略が紐づいていない」という回答をした者が一番多く、3割を超える」との調査結果が示されています(出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_3.pdf))。このことを踏まえてか、人材版伊藤レポート2.0では、人的資本経営を実現する上で最も重要なのは「経営戦略と人材戦略の連動」と説いています。そして、そのための取組の中で特に重要なものの1つに挙げられているのが、CHROの設置です。

 では、自社にCHROを設け、その機能を発揮させる上で、『Talent Wins』はどのような知恵を提示してくれるのか。
 参考になるのが、「G3(Group of 3)」を作り上げよ、という部分です。G3とは、CEO、CFO(最高財務責任者)、そしてCHROの3人で構成されるグループのこと。このトップチームの中でCHROが果たすべき役割を、本書は次のように説いています。

 

新たな、大きな権限をもつようになったCHROは、自社のビジネスを深く理解すると同時に、ビジネスと人材を結びつける専門性をもたなければならない。給与計算、就業規則、福利厚生などの管理だけがCHROの役目だという考え方はきれいさっぱり捨て去ろう。経営に求められるCHROは、昔ながらの人事の仕事をアウトソーシングするか、部下に権限委譲し、G3の一員として戦略を練り、人材の開発をするために時間を費やす。

(『Talent Wins』 43ページ)

 

 そして、こうした理念を明確に示した上で、CHROが担うべき責務やその育て方を、米マグロウヒル社の再建の物語などを用いて具体的に解説しています。実際の企業事例が豊富に盛り込まれている点も、本書の魅力の1つでしょう。

 本書が人的資本経営の実現に役立つのは、CHROに関することだけではありません。
 例えば、経済産業省が2022年5月に公表した「人的資本経営に関する調査 集計結果」では、「動的な人材ポートフォリオ」(必要な人材の要件定義や、適時適量な配置・獲得など)の分野で取組が遅れていると指摘されています。
 質と量の両面で、中長期的に必要となる人材をいかにして確保していくか。こうした問題は、人的資本経営を考える上で避けて通れません。
 この点について、本書は1つのヒントを示してくれます。それは、平均的な社員の何倍もの成果を生み出す「〈クリティカル2%〉を特定し、育てる」こと。
 どのようにして彼らを特定し、育成すればよいのか。クリティカル2%以外の社員には、どう対応すればよいのか…。これらの疑問に対し、本書は、スタートアップ企業ボロメトリックスやAT&Tなどの事例を挙げつつ答えを示します。こうした先進企業の取組は、自社に合った取組を考える上で参考となるのではないでしょうか。

 本書『Talent Wins』が一貫して説くのは、「Talent」――人材を新たな価値の源泉とする「人材ファースト」の企業へ、自社を生まれ変わらせることの重要性です。
 著者たちは、次のように語っています。

 

本書は、シンプルだが意味深い一つの「想い」によって貫かれた組織を作り、それをリードするにはなにが必要かを示す。それは「会社ではなく、人が価値を生みだす」という「想い」である。

(『Talent Wins』 23ページ)


 「人が価値を生みだす」会社へと変革するには、何をなすべきか。人的資本経営を実現するための実践的なヒントが詰まった『Talent Wins』は、経営者や人事部門の方々にオススメの1冊です。

(編集部・西田)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2020年1月号掲載

Talent Wins 人材ファーストの企業戦略

会社の命運を握るのは、人材だ。しかし、企業の人事制度の多くは、流動的な今日の環境に対応していない。こう指摘し、“人材ファースト”の企業戦略を説く。CEO・CFO(最高財務責任者)・CHRO(最高人事責任者)の協働、多大な価値を生みだす〈2%人材〉の特定と育成…。変革へのプロセスを、先進事例を交えつつ示す。

著 者:ラム・チャラン、ドミニク・バートン、デニス・ケアリー、中島正樹(監訳)、堀井摩耶(監訳)、齋藤佐保里(監訳) 出版社:日本経済新聞出版社 発行日:2019年10月

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