2022.12.19

編集部:西田

肉の細胞を培養してつくる、クリーンミート 培養肉が変える未来の食卓

肉の細胞を培養してつくる、クリーンミート 培養肉が変える未来の食卓

 牛や羊の「げっぷ」に税を課す ―― そんな動きが、ニュージーランドで進んでいます。
 2022年10月11日、ニュージーランドのアーダーン首相は、農家に対し、家畜が出す温室効果ガスの量に応じて課税する方針を発表しました(「世界初の牛の「げっぷ税」案、NZ大臣「いずれ世界は追随する」」/ナショナル ジオグラフィック日本版2022年11月21日)。
 牛や羊のげっぷには、温室効果ガスであるメタンが含まれます。ニュージーランドは、「人間よりも羊の方が多い」と言われるほど畜産が盛ん。そのため、畜産に由来する温室効果ガスの排出削減は重要課題であり、「げっぷ税」構想はそれに対処するための試みです。
 同記事によれば、農家の反発は大きく、構想が実現するかどうかは現時点では不透明ですが、実現すれば世界の温暖化防止の取り組みに大きな影響を与える可能性があります。

 ここで視点を変えて、日本の消費者という立場から畜産物をめぐる状況を見てみると ―― 一連の物価高騰を受け、肉や卵も値上がりしていることが気にかかります。
 例えば、産経新聞は2022年8月9日に食肉価格が高騰する「ミートショック」について報じていますし(「焼き肉店に淘汰の波 牛肉高騰「ミートショック」」)、NHKは12月8日に「物価の優等生」といわれる卵の価格上昇を報じています(「“物価の優等生”卵も値上がり おせち料理は3割値上げの店も」)。NHKの記事によれば、ロシアのウクライナ侵攻に起因する家畜飼料の高騰や、鳥インフルエンザの感染拡大による出荷減少などが背景にあるようです。
 こうした価格高騰は、「今後、安定的に肉や卵を食べ続けられるのか?」という不安にもつながりかねません。

 地球温暖化対策、そして飼料などの価格高騰や供給の不安定化。畜産をめぐるこれらの難題に、解決の道はあるのか?
 その1つの解決策となる可能性があるのが、「培養肉」です。大豆などを材料にした「代替肉」とは異なり、牛などの細胞を培養して食肉にすることから、こう呼ばれています。
 今週PickUpする『クリーンミート 培養肉が世界を変える』(ポール・シャピロ/日経BP)は、そんな培養肉について、その意義や将来性、スタートアップ企業の取り組みなどを旺盛な取材にもとづいて解説した本です。

 本書は、「実際の生き物を飼わない」ことが特徴の培養肉の利点を、様々な面からわかりやすく説きます。本書の帯には、次のような一文が記されています。

 

培養技術で肉をつくれば、動物を飼育して殺すよりも、はるかに多くの資源を節減できるうえ、気候変動に与える影響もずっと少なくてすむ。

(『クリーンミート』 帯文)

 

 もちろん、培養肉は良いことばかりではありません。コストや味の面でクリアしなければならない課題がありますし、培養された肉と聞くと心理的な抵抗感を抱く消費者も少なくないでしょう。本書は、遺伝子組み換えの問題や消費者の不安感など、培養肉が内包するネガティブな側面にも言及しています。

 本書の魅力の1つは、こうした記述の合間に挟まれる「培養肉の現場」のレポートにあります。世界初の培養肉ハンバーグ試食会など、臨場感あふれる現場の描写は、一般の人には縁遠い培養肉の世界を、身近なものに感じさせてくれます。

 2022年11月16日、アメリカの食品医薬品局(FDA)は、スタートアップ企業アップサイド・フーズが製造する鶏の培養肉について、食用として認可したことを明らかにしました。農務省の検査を経た上で、販売が可能になるとのことです(「米FDA、培養肉に初の食用認可 畜産肉の代替需要高まる」/REUTERS 2022年11月17日)。
 培養肉が店頭に並ぶのは、遠い未来ではないのかもしれません。
 本書は、さらにその先の世界の姿を描いています。

 

地域特産のクラフトビールをつくる醸造所があるように、近い将来、地域特産の肉をつくる肉醸造所ができる可能性もあると言ったら、読者は驚くだろうか?(中略)
醸造所どころか、自宅でも肉をつくれるようになるかもしれない。いまでは自宅にパン焼き機やアイスクリームメーカーがあってもだれも驚かないのと同じように、自宅のキッチンに食肉メーカーがあっても、いずれはあたりまえになるのかもしれない。

(『クリーンミート』 42ページ)

 

 本書『クリーンミート』は、そんな未来図が決して絵空事ではないことを予感させてくれます。原著の刊行は2018年(日本での刊行は2020年1月)と、日進月歩の分野の本としては少し前に感じるかもしれませんが、この本の描く培養肉の可能性は、まったく古びていないといえるでしょう。

(編集部・西田)

*  *  *

 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2020年3月号掲載

クリーンミート 培養肉が世界を変える

「クリーンミート」とは、細胞から人工培養で作る食肉のこと。動物を殺さず、資源を節約でき、地球環境にも優しい。近年登場したこの手法は、「細胞農業」と呼ばれ、酵母で作る牛乳や鶏卵などの開発も進む。本書は、そんな食の最前線をリポート。さらに、遺伝子組み換え食品を怖がる消費者との向き合い方にも触れる。

著 者:ポール・シャピロ 出版社:日経BP 発行日:2020年1月
閉じる

ネット書店へのリンクにはアフィリエイトプログラムを利用しています。

このPick Up本を読んだ方は、
他にこんな記事にも興味を持たれています。

一覧ページに戻る