イスラエルが、ガザ地区南部ラファへの攻撃を続けています。
イスラエルとハマスは、これまで数度にわたり停戦に向けた協議を実施してきました。
一時はハマスが停戦案の受け入れを表明するなど、停戦が実現するのではないかという機運も感じられましたが、結局、交渉は頓挫。イスラエル側が恒久的な停戦は受け入れられないと反発するなど、合意に至らないまま終了しています。
その後、アメリカのバイデン大統領は、イスラエルがラファへの侵攻を行うならば武器供与を停止するなどと発言し、停戦に向けた働きかけを続けています。
ですが、イスラエルのネタニヤフ首相は孤立してでも戦うという意思を表明、戦闘を続ける姿勢を示しています。
この強硬な姿勢の背後には何があるのか。
イスラエルとハマスの間には、もちろん民族的な対立の複雑な歴史があります。しかし今回は、それとは別の視点――国家内部の権力関係に焦点を当てて読み解いてみたいと思います。その助けとなるのが、『独裁者のためのハンドブック』(ブルース・ブエノ・デ・メスキータ、アラスター・スミス 著/亜紀書房 刊)です。
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「独裁者」と聞いて思い浮かぶ典型的な人物は、ドイツのヒトラーや北朝鮮の金正日などではないでしょうか。彼らについて私たちがイメージするのは、誰の意見にも左右されず、自分のしたいように政治を動かす姿です。
ですが、そうしたイメージに反し、『独裁者のためのハンドブック』は次のように書いています。
政治を的確に理解するには、とりわけひとつの思い込み――リーダーは、独りで国家や組織を率いることができる――をあらためなければならない。
どんなリーダーも単体で存在するものではない。(『独裁者のためのハンドブック』 48ページ)
本書によると、リーダーには後ろ盾となる3種類の支持者がいるといいます。
リーダーが政治の世界に目をやれば、名目的な有権者集団、実質的な有権者集団、そして盟友集団の3種類の人々を見渡すことができる。(中略)一言で言えば、取り替えのきく者、影響力のある者、かけがえのない者、ということになる。
(『独裁者のためのハンドブック』 52、54ページ)
中でも重要なのが「盟友集団」=「かけがえのない者」で、これは、もしもリーダーが権力の座で生き残りたいのなら、支持してもらわなければならない人々のことです。要職の人選に陰で影響を与える、いわゆる「キングメーカー」のような人々はその一例でしょう。
彼らの支持を失えば、リーダーはその座を追われることになります。そのため、たとえ「独裁者」であっても、その意思決定は盟友集団の意向に沿ったものとならざるを得ません。
このことを、本書はオバマ大統領を例に、次のように語っています。
利害を持っているのは、「国家」ではなくて「人」である。たとえば、国益をめぐる議論のさなかで対アフガニスタン政策を練りながら、オバマ大統領を苛立たせていたのは何だっただろうか? もしもアフガン撤退のスケジュールを明言しなかったら、彼は選挙の地盤である民主党の――国民のではなく――支持を失っていたはずである。国益は、大統領の胸の内にあっただろうが、彼にとってもっとも大切なことは、政治的に生き残ることだった。
(『独裁者のためのハンドブック』 45ページ)
リーダーの意思決定は、必ずしも「国益」を重視したものとは限らない――。
この視点は、イスラエルのネタニヤフ首相の強硬路線を理解する助けになります。
イスラエルのベングビール国家安全保障相は2024年4月8日、ネタニヤフ首相がラファでの地上作戦の計画を放棄すれば、連立政党からの支持を失う可能性があるとの見解を示しました(「ネタニヤフ氏、ラファ侵攻放棄なら首相にとどまれない イスラエル国家安全保障相」/CNN 2024年4月9日)。
ベングビール国家安全保障相は、ネタニヤフ政権で連立を組む極右政党「ユダヤの力」の党首です。過去には、国内の少数派アラブ系住民について「イスラエル国家に忠誠を誓わなければ追放すべきだ」などといった過激な発言を行っています(「イスラエル、ネタニヤフ氏首相へ 「最も右寄り」政権に」/日本経済新聞2022年12月22日)。
ネタニヤフ政権は、「ユダヤの力」などとの連立によって議席の過半数を確保しています。彼らからの支持を失うとなれば、今後の政権運営が困難を極めることは必至。つまり、ネタニヤフ首相にとってベングビール国家安全保障相らは、本書が説く盟友集団=かけがえのない者に当たるともいえます。
だとすれば、いかに世界中で反戦デモが起ころうと、アメリカが停戦案を受け入れるよう迫ろうと、「ネタニヤフ首相にとっては」それを受け入れることが難しいのが現実です。長引く侵攻により国際社会からの支持が低下したとしても、「イスラエルの国益」とは別のところに意思決定の拠り所があるのであれば、停戦の実現は困難だといえるでしょう。
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ところで、『独裁者のためのハンドブック』は、書名からすると文字通り「独裁者」だけを対象にした本のように思えますが、実は本書は「独裁と民主主義の間に境界はない」と語っています。
両者の違いは、上に挙げた3種類の支持者(取り替えのきく者、影響力のある者、かけがえのない者)のサイズの違いに過ぎない、というのです。
「独裁制」という言葉の本当の意味は、「とても大きな取り替えのきく者の集団と、通常は比較的小さな影響力のある者の集団から引き抜かれた、とりわけ少人数のかけがえのない者の集団に依拠しているということ」である。他方で、民主主義について言うならば、それは「政府が、とても大きなかけがえのない盟友集団と大きな影響力のある者の集団と結びついた、とても大きな取り替えのきく者の集団に真に基礎づけられていること」を意味する。
(『独裁者のためのハンドブック』 57ページ)
世界には、裏金問題をはじめとする不祥事続きの中、支持率が3割前後に低迷しているにもかかわらず、政権が続いている国があります。果たしてそうした国が「とても大きなかけがえのない盟友集団」に依拠した「民主主義」の国と言えるのか。――そんな目で本書を読んでみるのも面白いかもしれません。
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中国の習近平総書記、ロシアのプーチン大統領など、世界的に強権的な指導者が台頭する中、彼らの思考回路を理解することは、世界の先行きを予想する上で重要です。
『独裁者のためのハンドブック』を読み、思いのままに振る舞っているように見える彼らの言動の裏に、リーダーを支配する力学があることを知っておくことは、予測のつかない彼らの動きに備える一助となるでしょう。
(編集部・西田)
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