2026.9.21

編集部:西田

厭世哲学者に学ぶ「不幸を減らす」人生戦略

厭世哲学者に学ぶ「不幸を減らす」人生戦略

快楽ではなく苦痛なきを求める

 「仕事では成功している。それなのに、なぜか幸福感がない」

 そんな感覚を抱いたことはないでしょうか。

 役職が上がれば責任が増え、収入が増えれば周囲との比較も気になる。経営者やリーダーになれば、部下の成長、組織の成果、株主や顧客からの期待まで背負うことになります。

 もっと成功すれば幸せになれる――。

 そう考えて走り続けた結果、気づけば「幸せになるための時間」がなくなっている。そんな現代のビジネスパーソンに読んでほしい名著があります。

 それが、ドイツの哲学者ショーペンハウアーの『幸福について ―人生論―』(新潮社 刊)です。

 

 ショーペンハウアーは、人生を決して楽観的には捉えません。彼は「厭世家」として知られ、人生に存在する苦悩や欲望を鋭く見つめました。

 ところが、『幸福について』を読んでみると、単純に「人生はつらい」と言っているわけではないことがわかります。むしろ本書では、そんな人生をどう生きれば少しでも幸福になれるのかを考えています。

 例えば、第5章「訓話と金言」の最初で、ショーペンハウアーはこう書いています。

 

私はアリストテレースが『ニコマコスの倫理学』で何かの折に表明した「賢者は快楽を求めず、苦痛なきを求める」という命題が、およそ処世哲学の最高原則だと考える。(中略)

全身が健康息災だがどこか1つ負傷したか、あるいは何かの理由で痛い小さな個所があるという場合、全身の健康は格別意識されずに、注意が絶えず損傷した個所の痛みに向けられ、全生命感の快味が失われる。――これと全く同様に、万事が思いどおりだが、ただ1つ意志に背いたことがある場合、この1つが、たといいかに些細なことでも、絶えず念頭に浮ぶ。(中略)

したがって一生の総決算を幸福論的な見方に立って引き出そうとする場合、自分の享楽した喜びによって勘定を立てるべきでなく、のがれた災厄によって勘定を立てるべきである。

(『幸福について』 182~184ページ)

 

 売上を伸ばす、会社を大きくする、昇進する、資産を増やす――。幸福になろうとすると、人は得てして「増やす」方向に進みがちです。

 ですが、ショーペンハウアーの発想は逆です。「プラス」を追い続けるだけではなく、「余計なストレスを減らす」「他人との比較を減らす」「不必要な欲望を減らす」という視点を持つ。幸福を「足し算」だけで考えない。

 ここにショーペンハウアーの面白さがあります。

物事を局限する

 こうした発想は、『幸福について』の中で繰り返し出てきます。例えば、ショーペンハウアーは次のようにも語っています。

 

すべて物事を局限するのが幸福になるゆえんである。われわれの限界、活動範囲、接触範囲が狭ければ、それだけわれわれは幸福であり、それが広ければ、苦しめられ不安な気もちにさせられることもそれだけ多い。その範囲の増加拡大とともに、憂慮や願望や恐怖も増加し拡大するからである。

(『幸福について』 206ページ)

 

 SNSが普及した今日、この言葉の正しさは、より実感を持って受け止められるのではないでしょうか。

 SNS上には、様々な人がいます。何億もの富を持つ資産家、何千人もの部下をまとめる経営者、幾万の人の心を動かす芸術家…。普通に日常生活を送っていれば出会うことのないような人々の暮らしが、当たり前のように流れてきます(それが本当かどうかは別として)。

 彼らに比べて、自分にはなぜこんなに、金も地位も、人望も才能もないのか。自分は「井の中の蛙」に過ぎない…。そんな思いを抱くのは、もはや現代病といってもいいでしょう。現代人にとって、「すべて物事を局限するのが幸福になるゆえんである」というショーペンハウアーの言葉は、常に噛みしめるべきだと思います。

 

 「井の中の蛙、大海を知らず」は、中国の古典に由来することわざで、自分の狭い知識や経験に囚われ、他に広い世界があることを知らない者を指す言葉として使われます。ですが、日本ではいつの頃からか、このことわざに一文を追加して語られるようになりました。

 「井の中の蛙、大海を知らず。ただ空の青さを知る」

 そもそも、大海を知ったところで、淡水に生きる蛙が海水で生きられるわけではありません。であれば大海を知ることに、果たして意味はあるのか。むしろ井戸の底から見える青空に美しさを見いだす生き方の方が、蛙にとっては幸福ではないのか。

 「物事を局限する」という生き方は、そうした発想を私たちに教えてくれます。

 ショーペンハウアーは、人間の「3つの根本規定」として、次のように書いています。

 

私は(中略)無常の人間の運勢に現われた差別の基礎をなすものが、3つの根本規定に帰着させられるということを言おうと思う。それは

一、人のあり方、すなわち最も広い意味での人品、人柄、人物。したがってこのなかには健康、力、美、気質、道徳的性格、知性ならびにその完成が含まれている。

二、人の有するもの、すなわちあらゆる意味での所有物。

三、人の印象の与え方、印象の与え方というのは、ご承知のとおり、他人のいだく印象に映じた人のあり方、すなわち結局他人にどういう印象をいだかれるか、という意味である。したがってその帰するところは人に対する他人の思惑であり、名誉と位階と名声とに分けられる。

(『幸福について』 10ページ)

 

 私たちは、これらのうち、第3の要素に重きを置きすぎるきらいがあります。

 冒頭に挙げた周囲との比較が気になるビジネスパーソンも、SNSで他人の煌びやかな生活を目にして落ち込む人たちも、第3の要素において自分は劣っていると考え、苦悩しているわけです。

 ただショーペンハウアーは、この3つのうちで最も重要なのは第1の要素だとしています。そして、第3の要素を重視する人間については、次のように厳しい言葉を投げかけています。

 

自己の幸福を(中略)この第3の部類に求めざるをえないような人間、すなわち自己の現実のあり方でなく、他人の表象・印象に映じた自己のあり方に幸福を求めるほかに道のない人間は、その頼るべき資源が貧弱なわけである。

(『幸福について』 82ページ)

 

 『幸福について』は、極言すれば第2・第3の要素に偏重してしまう人々に向けて、いかにして第1の要素に目を向けるかを説いた本ともいえるでしょう。その意味で、他者との比較に陥りがちな現代人にこそ、一読をお勧めしたい名著です。

(編集部・西田)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

 

2021年5月号掲載

幸福について ―人生論―

真の幸福とは何か。幸福な人生を過ごすには何が必要か ―― 。古から考察されてきたこのテーマについて、19世紀ドイツを代表する哲学者が論じた。古人の箴言などを引きつつ、風刺とユーモアの効いた筆致で人生の意義や幸福の本質を描きだす。現代社会を生きる我々にも多くの示唆を与えてくれる、人生論の古典的名著である。

著 者:ショーペンハウアー 出版社:新潮社(新潮文庫) 発行日:1958年3月
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