「ブルシット・ジョブ」と「偽仕事」
「社員の生産性が低い」「部下が主体性を持ってくれない」「AIを導入したのに、忙しさが減らない」…。
こうした悩みを抱える経営者や管理職は少なくないでしょう。
ChatGPTなどの生成AIをはじめ、便利なツールが次々と出現しているのに、なぜ私たち自身は進歩しないのか。いや、むしろ「退化」しているのではないか ―― 。
『忙しいのに退化する人たち』(デニス・ノルマーク 他著/サンマーク出版 刊)は、その疑問に答えてくれる1冊です。
本書を読む上でキーワードとなるのは、「偽仕事」。その定義は、次のようなものです。
私たちの定義では、「偽仕事」とは世界になんの影響も与えない仕事や、中断・延期されても誰も気づかない仕事、なくても誰も困らない仕事である。
(『忙しいのに退化する人たち』10ページ)
この一文を読んで、文化人類学者デヴィッド・グレーバーの著書『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(岩波書店 刊)を思い起こす方もいるかもしれません。
同書でグレーバーは、「被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態」の仕事を「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」と名付けました。
そして、特にFIRE部門(金融:finance、保険:insurance、不動産:real estate)でブルシット・ジョブが広がっていると説きます。例えば、融資を行うことでマネーをつくりだし、それを複雑な方法であちこちに動かし、取引をするたびに少しずつ利益を得る ―― こうした仕事をする人は、その事業自体が無意味と感じているというのです。
ブルシット・ジョブの概念は、自分の仕事に疑問を持ちながら働くビジネスパーソンのモヤモヤした気持ちを言語化したものとして、衝撃をもって受け止められました。何年か前にSNSなどで「自分の仕事はブルシット・ジョブだ」と嘆く声が広がったのは記憶に新しいところです。
このように、『ブルシット・ジョブ』は「社会的な意味を失った仕事」の存在を指摘して話題になりましたが、今回取り上げる『忙しいのに退化する人たち』が注目に値するのは、「価値ある仕事をしている組織の中にも、膨大な偽仕事が存在する」ことを明らかにした点にあります。
前述の通り、偽仕事とは世界に何の影響も与えない仕事などのこと。本来の目的に貢献しないにもかかわらず、日常業務として当然のように行われている仕事が典型です。例えば、誰も読まない報告書の作成、目的が曖昧な会議の開催、メールやチャットへの過度な即時対応…。
これらは、営業でも、エンジニアでも、研究者でもついて回るものです。
組織のマネジメントと偽仕事
そして、こうした偽仕事を増やしているのは、多くの場合、組織のマネジメントです。
コロナ禍は、その構造を一気に可視化しました。
リモートワークが広がると、多くの企業では「管理できないことへの不安」からオンライン会議が増え、チャットでの即時返信が暗黙のルールになりました。社員は1日中コミュニケーションを取り続けることになり、本来集中すべき仕事に割ける時間は減少しました。
さらに現在は、生成AIの急速な発展により、資料作成や情報整理などはAIが担えるようになりつつあります。にもかかわらず組織が忙しいままだとすれば、それは「仕事が多い」のではなく、「不要な仕事をやめられていない」可能性があります。
ここに、経営者・管理職が向き合うべき課題があります。
重要なのは、「社員をもっと効率よく働かせること」ではありません。「その仕事は本当に存在する必要があるのか」を問い直すことなのです。
本書からは、この問い直しに役立つ示唆がいくつも得られます。
例えば、「成果」ではなく「活動量」を評価する文化を見直すこと。会議に多く出席する人、メールの返信が速い人、遅くまで働く人が評価される組織では、社員は価値を生むことよりも、「働いているように見えること」に時間を費やします。評価制度は、仕事の量ではなく、顧客や組織にもたらした成果へと軸足を移す必要があります。
本書は、こう説いています。
忙しいのがいいことであり、必要であり、道徳的だという考えが、偽仕事を生み出す合理性の1つになっている。
ご褒美としていつか自由時間が増えるという考えも同様だ。(中略)
3つ目にあげられる真偽が疑わしい合理性は、仕事にかける時間と生産性は比例するという考えだ。
これらの合理性は、どれも真実にもとづいているとはかぎらない。それどころか、おそらく完全にまちがっている。(中略)
本来の仕事を終えたら社員を家に帰らせる企業は、おおむね成長し成功している。
(『忙しいのに退化する人たち』171ページ)
また、「やめる」という決断も重要です。
本書は、これを「肯定文化」に歯止めをかけるという表現で伝えています。
「ノー」と言うのは過去の遺物のようだ。(中略)
人々は不正や不道徳を批判して社会をよくしようとは思わなくなった。(中略)
批判を恐れるのではなく、人とつながれないことを恐れるようになったのだ。この変化によって、肯定の文化への道がひらかれた。今それを体現しているのが「いいね」だ。(中略)
肯定の文化はさまざまな無駄を生む。批判は少なくとも問題を深く検討し、何かを廃止することにつながる。肯定はその反対だ。次々と新しいことをするようになり、どんどん速く、表面的になっていく。
(『忙しいのに退化する人たち』265~266ページ)
AIによって浮いた時間に新たな業務を詰め込めば、偽仕事は姿を変えて増殖するだけです。組織は、社員が忙しいから停滞するのではありません。価値を生まない仕事を手放せないから停滞するのです。
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『忙しいのに退化する人たち』は、個人の生産性を高めるためのノウハウ本というよりも、組織が知らず知らずのうちに生み出している「偽仕事」を可視化し、マネジメントを問い直す助けとして読むのが適切でしょう。
その意味で本書は、現場の社員以上に、組織を率いる立場の人にこそ読んでほしい1冊といえます。
(編集部・西田)
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