2025.10.20

編集部:油屋

祝、ノーベル賞受賞! しかし、苦境に立たされる日本の研究現場では「研究不正」の影も…

祝、ノーベル賞受賞! しかし、苦境に立たされる日本の研究現場では「研究不正」の影も…

 2025年10月、ノーベル賞が発表され、大阪大学の坂口志文特任教授が生理学・医学賞を、京都大学の北川進特別教授が化学賞を受賞しました。
 これにより、21世紀に入ってから自然科学3部門(生理学・医学賞、物理学賞、化学賞)の日本出身受賞者は22人となりました。これは米国に次ぐ第2位です(「日本の科学者のノーベル賞受賞、ラッシュいつまで 研究力には陰り」/日本経済新聞2025年10月11日)。

 一見すると、日本の科学界は安泰のように思えます。しかし実際には、日本の研究界は近年、苦境に立たされており、その中で「研究不正」に手を染めてしまう研究者も少なくないそうです。今回は、そんな“不都合な真実”を明らかにした本、『研究不正』(黒木登志夫 著/中央公論新社 刊)を取り上げます。

「研究不正」とは

 そもそも、「研究不正」とは、どのような行為を指すのでしょうか?
 本書によれば、世界の国々が「重大な研究不正」として認定しているのは、次の3つです。

 

・ねつ造(Fabrication)
・改ざん(Falsification)
・盗用(Plagiarism)

(『研究不正』 128ページ)


 「ねつ造」とは、データや研究結果をでっちあげ、それを記録したり、発表・報告したりする行為です。また「改ざん」は、自分の都合の良いようにデータを操作・変更することを指します。そして「盗用」は、他人のアイデアや研究手順などを、あたかも自分のものとして発表する行為のことです。
 本書では、こうした研究不正の具体例として、「ノバルティス事件」(製薬会社のノバルティス社が自社の降圧剤の販売成績を上げるために仕組んだ研究不正)や、「STAP細胞事件」(人為的な操作によって万能細胞が作れるとされた研究不正)などが紹介されています。

 近年では、ChatGPTをはじめとする生成AIが普及し、それに伴い、論文のねつ造やデータ操作が増えている可能性も指摘されています(「組織的な論文不正が増加か、撤回論文の著者と編集者に偏り 米チーム」/朝日新聞2025年8月9日)。
 こうした事件を知ると、私たちは研究の成果だけでなく、その背景にあるプロセスや倫理にも目を向ける必要があると痛感します。特に生成AIが普及する現代では、文系・理系を問わず、研究結果を正しく疑い、評価する姿勢がより一層重要になるでしょう。

研究不正はなぜ起こるのか

 では、「研究不正」はなぜ起きるのでしょうか。
 本書では、その要因の1つとして「ストーリーの誘惑」を挙げています。

 

実験をするときには、仮説を立てて、それを証明する方法を考える。(中略)
問題は、自分の立てたストーリーにこだわり過ぎることである。ストーリーに合わないデータが出たとしよう。本当は、間違いを知らせる重要なヒントであったのに、自分の考えに合わせて強引に進んでしまい、大きく間違えてしまう。研究不正を調べていると、ストーリーに合わせるために、改ざん、ねつ造した例が非常に多いのに気がつく。

(『研究不正』 185~186ページ)

 

 また、「研究資金の誘惑」も紹介されています。これは、採択率の低い外部資金を獲得した研究者が、採択された研究で成果を出すために、不正を行ってしまうというものです。

 

何億というような高額の研究費の獲得に成功すれば、それが逆に圧力となる。申請書で約束した成果を出さないと、研究費は途中で打ち切られるかもしれない。(中略)圧力はストレスになり、ストレスは増幅し、判断の過ちを招く。

(『研究不正』 194ページ)

 

 この研究資金の誘惑が発生する背景には、日本の科学技術研究費支援の低調さがあります。坂口教授もノーベル賞受賞時の会見で、次のように述べています。
 「免疫の分野では、だいたい日本(の研究費)はドイツの3分の1です。基礎研究に対する支援をぜひともお願いしたい」(「日本人がノーベル賞を受賞できなくなる?「研究費がドイツの3分の1」研究者たちから相次ぐ苦言」/ FNNプライムオンライン2025年10月13日)

 私が大学院時代にお世話になっていた先輩も、研究費の少なさや自身の給料の低さに悩み、会社員として働く同級生と比較して将来が不安になる、と漏らしていました。アカデミアに進むか迷っていた当時の私の決断に、その言葉は少なからぬ影響を与えました。

 研究者の誰もが、不正をしたくてしているわけではありません。不正が発覚すれば論文は撤回され、本人は処分を受け、最悪の場合は刑事罰に問われることもあります。もちろん、自らの立てたストーリーや研究費の不足が必ずしも研究不正につながるわけではありません。

 しかし、そうした厳しい状況に置かれた研究者の心の中に、“不正の誘惑”が忍び寄ることは確かでしょう。
 日本人のノーベル賞受賞を喜ぶ一方で、将来の受賞者の誕生を望むのであれば、日本の研究者を取り巻く現実にも目を向ける必要があります。その意味で『研究不正』は、現状を理解する上で格好の1冊といえるでしょう。科学に関心がある人はもちろん、そうでない人にもぜひ手に取っていただきたい本です。

(編集部・油屋)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2022年12月号掲載

研究不正

ねつ造、改ざん、盗用…。正確さや客観性が求められる科学の世界で、“研究不正”が後を絶たない。2014年には「STAP細胞事件」「ノバルティス事件」が起こり、世間を騒がせた。研究不正は、なぜ行われるのか? 国内外の様々な事例を取り上げ、その原因や手口を分析。不正防止に向け、“不都合な真実”を明らかにする。

著 者:黒木登志夫 出版社:中央公論新社(中公新書) 発行日:2016年4月
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