2026.3.23

編集部:西田

ネットにはびこる「正義中毒」 その心理を脳科学者が解き明かした1冊

ネットにはびこる「正義中毒」 その心理を脳科学者が解き明かした1冊

「正義中毒」とは?

 「正義中毒」という言葉をご存じでしょうか。

 脳科学者の中野信子氏が提示した概念で、「自分が正しいと考えること」から外れた他人の言動を許せず、攻撃的な言動を取る傾向を表現した言葉です。

 例えばコロナ禍の時には、人が集まる出来事に過剰なまでの自粛を求め、イベントや会食などを行う人を批判する「自粛警察」が問題になりました。これらは正義中毒の一例といえます。

 

 正義や警察という「正しさ」をイメージさせる名前にもかかわらず、正義中毒や自粛警察という言葉にはネガティブな印象がつきまといます。それは、一部の事案で、正義を語りつつ、他者を叩くことを楽しんでいるように見える人が目につくからではないでしょうか。

 そして実のところ、そうした心理的な傾向は一部の人に限られるものではありません。

 今週は、そんな他人を裁きたがる人間の心理について解説した本、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(中野信子 著/幻冬舎 刊)をPick Upします。

シャーデンフロイデ

 本書のタイトルになっている「シャーデンフロイデ」とは、誰かが失敗した時に、思わず湧き起こってしまう喜びの感情のことです。

 本書では、職場の同僚に対する、こんな例を挙げています。

 

自分にだって、あれくらいのことはできる。それなのになぜ、あの人だけが不当に高く評価されて、いい思いをしているのか。なにか不正な手段を使っているんじゃないか。(中略)

そんなあの人に、どうやら困ったことが起きたらしい。それが原因で家族に去られ、仕事でも躓き、損失を出して周りに迷惑を掛け、いまは失意のどん底にいるようだ。いい気味だ。調子に乗るからだ。どうせならもっと痛い目に遭えば面白いのに。死ねばいいのに――。(中略)

この一連の流れの後半部分にあたる感情がシャーデンフロイデです。

(『シャーデンフロイデ』14~15ページ)

 

 冒頭の正義中毒や自粛警察も、不正や不当(と考えるもの)を発端に、対象が叩かれて痛い目に遭うところを見て喜びを感じている点で、同じ構造といえます。

 程度の差はあれど、似たような感情は誰しも経験があるのではないでしょうか。

 

 こうした心理にある時、脳内では化学物質のドーパミンが分泌され、私たちは快感を得ています。他人の不幸を喜ぶのは、ホルモンレベルで私たちに組み込まれたメカニズムだということです。

“不謹慎狩り”とシャーデンフロイデ

 では、なぜそんなメカニズムが存在するのでしょうか。

 『シャーデンフロイデ』によると、誰かを叩く行為というのは、「本質的にはその集団を守ろうとする行動」なのだといいます。

 本書は、「目立つあいつ」「ムカつく誰か」「1人だけズルをしているかもしれないあの人」といった人たちを“不謹慎なヒト”と称して、このように書いています。

 

集団において「不謹慎なヒト」を攻撃するのは、その必要が高いためです。「不謹慎な誰か」を排除しなければ、集団全体が「不謹慎」つまり「ルールを逸脱した状態」に変容し、ひいては集団そのものが崩壊してしまう恐れが出てくる。

(『シャーデンフロイデ』67ページ)

 

 集団の崩壊を防ぐには、「不謹慎なヒト」を敏感に検知し、見つけ次第つぶしてしまわなければなりません。シャーデンフロイデは、その基盤になる感情だというのです。

 そう考えると、シャーデンフロイデは、個としては弱い存在である人間が、捕食者だらけの世界で集団として生き延びるために進化させてきた、合理的な感情だと考えられます。

 

 ただ、問題があるとすれば、今日の社会においては、この「集団」の単位が大きくなっていることです。

 SNSの広がりにより、誰もが一度のタップで数千、数万の人に情報や意見を発信することが可能になりました。インプレッションや「いいね」で結びつくこの巨大な集団は、その大多数が、実生活上のつながりのほとんどない人たちです。

 進化心理学の権威ロビン・ダンバー氏は、1人の人が人間らしい関係を維持できる人数を「ダンバー数」として示しました。この数字はおよそ150人とされ、その人との私的な関係から喜んで手を差し伸べてくれる人の数の上限とされています。

 今日のSNS上で形成される集団の人数は、ダンバー数を大きく超えます。会ったこともなく、顔も知らない人たちで構成された、いわば実体のない集団が、その崩壊を防ぐために、シャーデンフロイデに動かされて「不謹慎なヒト」を叩く。当然、そこでは私的な関係から手を差し伸べようとする人は少数派となってしまう…。

 これは、技術進歩による社会の変化が、人間の進化のスピードを大きく上回るために生じる皮肉といえるでしょう。

 シャーデンフロイデや、それに伴う“不謹慎狩り”は、いわば人間の脳に組み込まれたシステムである以上、それに抗うことは容易ではありません。現実的な対処法としては、SNSから適度に距離を取ることぐらいしかないでしょう。

 ただ、そうした人間の心の仕組みを知っておくことは、不必要な「叩き」に加担しそうになった時に、一瞬立ち止まって考え直す助けとなってくれるかもしれません。

 『シャーデンフロイデ』は、どんな性格の人が集団の意見に流されやすいかといったことも含め、この感情を理解するヒントを示してくれます。自身が「正義中毒」に陥っていないか、本書を通じて考えてみてはいかがでしょうか。

(編集部・西田)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2018年5月号掲載

シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感

「シャーデンフロイデ」とは、誰かが失敗した時に思わず湧き起こる喜びの感情のこと。最近であれば、成功者のささいな過失をネット上で叩き、ほくそ笑んだりする。実は、こうした心の動きは誰にもある。人はなぜ、他者を妬み、その不幸を喜ぶのか。現代社会が抱える病理の象徴ともいうべき、この感情の正体を解き明かす。

著 者:中野信子 出版社:幻冬舎(幻冬舎新書) 発行日:2018年1月
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