
「検索にとって新しい一日になる」
2023年2月7日、米マイクロソフト社のサティア・ナデラCEOは、自社の検索エンジン「Bing」に人工知能を搭載して検索機能を強化することを発表し、上記のように述べました(「マイクロソフト「ビング」、AIで検索強化…「ChatGPT」運営企業の技術活用」読売新聞オンライン/2023年2月8日)。
マイクロソフトは、2014年頃には「全盛期は過ぎ去った」とも評価され、株価低迷を経験しています。そんな同社が変わったのは、3代目CEOのナデラ氏を迎えてからのこと。氏の就任以降、マイクロソフトは、常に挑戦し、発展を目指す企業文化を築くための変革に取り組んできました。
苦難を乗り越え、Googleという圧倒的トップが先行する検索エンジンの世界で新たな世界を築こうとしているマイクロソフト。その取り組みの根幹にあるのが、同社が築き上げた新たな企業文化です。
優れた文化を、いかに自社に根づかせるか? これは、あらゆる企業が考えるべき課題であり、その成否は企業運営の様々な側面に影響を及ぼします。
企業文化は、近年注目を集める「人的資本経営」においても重視されています。経済産業省が2020年9月に公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書」(人材版伊藤レポート)は、人材戦略には以下の「3つの視点」が存在するとしています。
- ①経営戦略と連動しているか
- ②目指すべきビジネスモデルや経営戦略と現時点での人材や人材戦略との間のギャップを把握できているか
- ③人材戦略が実行されるプロセスの中で、組織や個人の行動変容を促し、企業文化として定着しているか
③を見ると、持続的な企業価値の向上を図る上で、人材戦略と企業文化は密接に結びついていることがわかります。
そこで今週は、企業文化について改めて考える上で参考となる本、『WHO YOU ARE 君の真の言葉と行動こそが困難を生き抜くチームをつくる』(ベン・ホロウィッツ/日経BP)をPick Upします。
著者は、世界的ベンチャーキャピタルであるアンドリーセン・ホロウィッツの共同創業者、ベン・ホロウィッツ氏。ベストセラーとなった『HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか』(ベン・ホロウィッツ/日経BP社)に続く、2冊目の著作です。
企業文化とは何か、いかにして自社に合った企業文化を築くか。『WHO YOU ARE』は、その答えを歴史上の人物などの事例を引きながら解説します。取り上げられるのは、世界最大の帝国を築き上げたチンギス・ハン、人類史上でただ1人奴隷革命を成功させたトゥーサン・ルーベルチュールなど、バラエティ豊かな面々です。
これらのうち、人的資本経営の観点から今回取り上げたいのは、TOPPOINTの要約でも紹介したチンギス・ハンです。
ホロウィッツ氏は、多くの部族が暮らす広大な地域でチンギスが安定した文化を築き上げた背景には、「実力主義」「忠誠心」「多様性」という3つの原則があったと言います。
例えば、「忠誠心」。本書によれば、チンギスの忠誠心の捉え方は次のようなものです。
チンギス・ハンは、同時代の人間とはまったく違う見方で忠誠を捉えていた。将軍は兵士に自分のために命をかけろと求めるものだが、チンギスは忠誠をお互い様だと捉え、自分にも大きな責任があると考えていた。ある時、謀反のたくらみをチンギスに知らせた2人の馬飼いを、大将に引き上げたこともある。(中略)
主人を決して裏切ってはならないという規範は、世界共通の原則だった。1205年にチンギスはとうとう宿敵ジャムカを倒した。ジャムカを差し出したのは、チンギスに気に入られようとジャムカを裏切った手下たちだった。チンギスは裏切り者に褒美を与えるどころか、処刑した。(『WHO YOU ARE』 187~188ページ)
結果的にはチンギスの利益になる行為であっても、リーダーを裏切ることは許さない。チンギスは忠誠心を、自分の部族内の規範にとどめず、「世界共通の原則」にすることで、最強の帝国をつくり上げたというのです。
何も処刑までしなくても…と思わなくもないですが、そこまで徹底して部下に求める行動を明確化し、評価や処罰をぶれずに適用したからこそ、彼の「人材戦略」はモンゴル帝国の組織文化として根づいていったのでしょう。
本書は、歴史上のリーダーの事例を繙きつつ、現代の企業事例にも目を向けて、それらから時代を超えた普遍的な原則を引き出していきます。とりわけ、「自分らしい文化をデザインする」と題された第8章は必読です。
*
本書の「イントロダクション」で、ホロウィッツ氏は次のように書いています。
私が生まれてはじめて立ち上げた会社が、ラウドクラウドだ。起業したときには、CEO(最高経営責任者)や業界の大物にアドバイスを乞いにいった。みんなが異口同音に教えてくれたことがある。
「企業文化に気をつけろ。なによりも文化が重要だ」
だが、業界の大物たちに「企業文化って具体的には何のことですか? どうやってつくればいいんですか?」と聞いてみると、どうもあやふやな答えしか返ってこない。その答えを見つけるのに、それから18年も費やすことになってしまった。(『WHO YOU ARE』 16ページ)
ホロウィッツ氏が18年間かけて見つけた答えが凝縮されている『WHO YOU ARE』。かつての氏と同じ悩みを持つ人や、組織変革に取り組む人、人的資本経営を目指す経営者などに、ぜひ読んでいただきたいビジネス書です。
(編集部・西田)
* * *
「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
他のPick Up本
-
2023.2.6
『孫子』と『戦争論』 戦略・戦術を論じた不朽の名著を通じて戦争について今一度考える
-
2022.10.17
待ったなしの「リスキリング」 学び直せる人は何が違う?
-
2023.1.16
「タイパ」を極める! ハーバード講師の超人的な仕事術を学ぶ