2022.9.5

編集部:西田

「沈黙の春」を現実のものとしないために 環境問題に警鐘を鳴らす先駆けとなった名著

「沈黙の春」を現実のものとしないために 環境問題に警鐘を鳴らす先駆けとなった名著

 地球上で、最も多く人間の命を奪っている動物は何か、ご存じでしょうか?

 ライオン? サメ? ヘビ?
 どれも恐ろしい生き物ですが、かのビル・ゲイツ氏によれば、いずれも正解ではありません
 彼が2014年に自身のブログで公表した記事によると、答は「蚊」です。(「The deadliest animal in the world」/GatesNotes:THE BLOG OF BILL GATES 2014年4月25日)
 どの動物が、1年間に何人の命を奪っているかをグラフにした同記事によれば、1位の「蚊」が72万5000人。2位が「人間」で47万5000人、3位の「ヘビ」が5万人となっており、蚊が突出しています。
 蚊がこれほど圧倒的なのは、病気を媒介するからです。マラリア、デング熱、日本脳炎。いずれも蚊を介して広がる感染症です。

 そんな蚊をはじめ、病気を運ぶ昆虫の駆除に大きな役割を果たしてきたのが、各種の殺虫剤(化学薬品)です。特に有名なのが、「DDT」。マラリアを媒介するハマダラ蚊など、様々な害虫の防除に使われてきた殺虫剤です。
 DDTなどの化学薬品のおかげで、多くの人々の命が救われたことは間違いありません。ですが、そうした功績の一方で、これらの化学薬品には、見過ごせない負の側面もありました。
 今週Pick Upするのは、その負の側面――化学薬品の乱用が、生物と環境に与える悪影響――に焦点を当てた名著、『沈黙の春』(レイチェル・カーソン 著/新潮社 刊)です。原著の刊行は1962年。今から60年も前に環境保護の重要性を説き、「歴史を変えた」ともいわれる本です。

 今でこそ、環境問題は世界的な重要課題と多くの人が受けとめています。ですが、『沈黙の春』の刊行当初、本書は日本では必ずしも注目されたわけではなかったようです。1978年に刊行された『日本人の人生観』(山本七平 著/講談社 刊)の中に、こんな一節があります。

 

公害に対する警告はアメリカではずいぶん早くて『沈黙の春』などが出ましたのはたしか一九六〇年ごろで、これは日本でも翻訳されて新潮社から出たと思いますが、そのときはだれも見向きもしない。こういうことをしていると未来はこうなる、だからそこから逆算して現在はこうしろという発想がわれわれにできないわけです。できないですから、それが現実に問題になったときに急激かつ過敏に対応するという形になるわけです。

(『日本人の人生観』 55ページ)

 

 『沈黙の春』がアメリカで出版されたのは、前述の通り1962年のことです(新潮社版の「解説」によれば、邦訳が刊行されたのはその2年後)。当時、日本は高度経済成長の真っただ中。1960年に池田勇人内閣が国民所得倍増計画を掲げるなど、経済的豊かさの追求が進んでいた時代です。今日からすると「だれも見向きもしない」というのは意外に思えますが、当時の社会情勢からみれば決して不思議ではなかったのでしょう。
 日米両国の状況の違いはあるにせよ、『日本人の人生観』のエピソードからは、カーソンがいかに先進的だったか、また未来から現在を「逆算」する発想がいかに難しいのかが、よくわかります。

 『沈黙の春』以降、世界は、地球温暖化など様々な環境問題に取り組んできました。今後も、現時点では想像もつかないような新たな問題が生まれる可能性があります。
 そうした問題に取り組むに当たって、『日本人の人生観』が指摘する(そして、カーソンが持っていた)「逆算」の発想は、重要な考え方ではないでしょうか。
 そして、こうした発想ができてこそ私たちは、国連の温暖化サミットで“未来の世代の目は、あなた方に向けられています”(「グレタさん演説全文「裏切るなら許さない」」/NHK政治マガジン2019年9月24日)と訴えた当時16歳のグレタ・トゥーンベリさんの言葉を、正面から受け止めることができるように思います。

 カーソンは、『沈黙の春』の冒頭、「一 明日のための寓話」において次のように記しました。

 

春がきたが、沈黙の春だった。

(『沈黙の春』 12ページ)


 この描写は、決して過去のものではないように思います。気候変動の影響か、四季の中で春と秋が短くなっていると言われることもある昨今。人間の活動次第で、いつか「春はこなかった」という日が訪れはしないか、という危惧が現実となる可能性は高まっています。
 未来を見つめ、私たちに行動を起こすことの重要性を説いたカーソンの『沈黙の春』は、60年を経て今なお、そして今こそ、読まれるべき名著と言えるでしょう。

(編集部・西田)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2020年7月号掲載

沈黙の春

自然を破壊し、人体を蝕む化学薬品。本書は、その危険性に対する認識がまだ十分でなかった1962年に刊行され、化学薬品乱用の恐ろしさを世に訴えた。水や土壌の汚染、害虫の大発生、そして化学物質による発癌…。地球環境問題が深刻化している今、改めて著者の警告に耳を傾けたい。半世紀を超えて読み継がれる名著である。

著 者:レイチェル・カーソン 出版社:新潮社(新潮文庫) 発行日:1974年2月
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