迫る自民党総裁選
2024年8月14日、岸田文雄首相が次の自民党総裁選に立候補しないことを表明しました。これに伴い、次の総裁を選ぶ動きが本格化しています。
候補者には10人以上の名前が挙がる乱戦模様で、ベテランから若手まで、多くの名前が取り沙汰されています。早々に立候補を表明した人、ライバルの動きをじっくりと見定めている人など、動きは様々。ですが、立候補には党に所属する国会議員20人の推薦を確保する必要があることから、多くの候補者にとっては、これが最初のハードルとなっているようです。
推薦人確保に向けた各候補者の動きを見ていると、党内で誰が推され、あるいは慕われているのかが、何となく見えてくる気がします。
こうした様子を見ていて思い出した本が、今週Pick Upする『人間集団における 人望の研究』(山本七平 著/祥伝社 刊)です。
総理大臣になりたくて、なりたくて…
人は、いかにしてリーダーとして選ばれるのか。
『人望の研究』において、著者の山本七平氏は、2000年以上前の中国で活躍した孟子の次の言葉を引いています。
諸侯とはまるで天子立候補者のようなもので、その中の1人が、徳があって仁政を行なうと人望を生じ、人びとがそこに集まってくるから(中略)天子にされてしまう、いわば「出たい」と思わなくても「出されてしまう」
(『人望の研究』 57ページ)
そして、山本氏はこうした「人望主義」ともいうべき考え方が、戦前の日本にもあったと説きます。
総理大臣ともなると、(中略)必ず「今回、図らずも大命を拝し……」と言う。「うそつけ。総理大臣になりたくて、あらゆる運動をしていたのに」と人びとは内心思っても、この言葉を当然とする。
このとき「総理大臣になりたくて、なりたくて、あらゆる運動をすること十数年、今回やっとのことで……」などと言えば日本社会では非常識である。(中略)これは人望によって推されてなることが正しい、と人びとが考えている証拠であり、そこで落選すれば「不徳の致すところ……」となるわけである。いわば人徳なき者は人望がないから当選できなかったというわけで、こう言わないと戦後でも“封建的”(いわば儒教的)を批判している新聞に叩かれるのである。(『人望の研究』 57~58ページ)
自らの意志に基づき人々を導く「強いリーダー」を求める風潮が強いのか、近年では「図らずも大命を拝し…」といった言葉はあまり聞かないようにも思いますが、それでも「人望によって推されてなることが正しい」という考え方は、今でも根強くあるのではないでしょうか。
特に「不徳の致すところ」という表現は、今でも何か問題が起こった時の決まり文句です(ちなみに、今回総裁選への不出馬を表明した岸田首相は、2024年6月、国会閉会に伴う記者会見の際、記者から「疲れているか」と問われて「疲れが見えているとしたら、私の不徳の致すところ」と答えています)。
今回の自民党総裁選は、実質的に日本の次の総理大臣を選ぶ機会になります。果たして、周囲から推される「人望」あるリーダーは誰なのか。
この点はもちろん気になるところですが、個人的には、惜しくも敗れた方が「不徳の致すところ…」との弁を述べるかどうかにも注目したいと思っています。
人気と人望
ところで、「人望」という言葉を繰り返し使ってきましたが、注意したいのは「人望」と「人気」は違う、ということです。
山本氏は、『人望の研究』の中でこう書いています。
人気と人望はまったく違う。そこで、人気者をリーダーに選べば、時として取り返しのつかぬ状態になってしまうのである。(中略)
これは極端な例を挙げれば、だれにでもすぐわかるであろう。たとえば舞台では人気役者で、楽屋に帰ればまったく人望のない人は、けっして少なくない。これは簡単に言えば、一方はある目的のため演じられている虚像であり、一方はその人の実像である。(『人望の研究』 30~31ページ)
何となく、わかったようなわからないような説明ですが、山本氏は続けて、「ミノベ・ドーナッツ現象」という印象的な言葉を用いて、人望と人気の違いを説いています。なお、「ミノベ」とは1967~79年まで東京都知事を務めた、美濃部亮吉氏のことです。
たとえば美濃部亮吉都知事のときに、「ミノベ・ドーナッツ現象」という言葉が、報道関係の人びとの間にあったという。いわば、美濃部氏はドーナッツの中心におり、その周囲は空白なのだが、遠く離れた周辺にはドーナッツのように濃厚で甘ったるい人気があるという意味である。(中略)
ただこれでは、人望をもって都庁という組織を統御してこれを動かすことはできないから、最終的には組織から浮き上がり、手足となって働いてくれる人がいなくなるから、何もできなくなってしまう。(中略)
一言にしていえば虚像による人気は、実社会ではいつかは実体がばれて失脚するが、真の人望にはそのようなことは起こらないということである。(『人望の研究』 31~32ページ)
今回の自民党総裁選でも、国民的な「人気」が高い候補者は少なくありません。一方で、そうした候補者に果たして実像としての「人望」があるのかどうかは気になるところです。
同時に、この「ミノベ・ドーナッツ現象」は、政治に限らずビジネスでも、人の上に立つ人にとって恐ろしいものです。自分は人から慕われていると思っていたのに、いざという時には誰も周りにいなかった…。そんな状況は、組織にとっても個人にとっても不幸でしょう。そうしたことにならないよう、「人気」ではなく「人望」あるリーダーを目指したいところです。
人望とは何か
では、人望とは具体的にどんなものなのか。『人望の研究』では、朱子学の入門書『近思録』の掲げる9つの徳を挙げています。いくつか紹介すると、次のようなものです。
(一)寛にして栗(寛大だが、しまりがある)
(二)柔にして立(柔和だが、事が処理できる)
(中略)
(六)直にして温(正直・率直だが、温和)
(七)簡にして廉(大まかだが、しっかりしている)
(八)剛にして塞(剛健だが、内も充実)
(中略)
それぞれの2つの言葉には相反する要素があるから、その1つが欠けると不徳になる。たとえば、「寛大だが、しまりがない」では不徳だから、全部がそうなれば、「九不徳」になり、両方がない場合は、「十八不徳」になってしまう。(『人望の研究』 91~92ページ)
どれも当たり前のことのように思えますが、自分がどれほど実践できているかと考えると、実際にはなかなか難しいことがわかるのではないでしょうか。
例えばパワハラなどで話題になる人は、(おそらく)「しまりがあ」り、「事が処理できる」のでしょうが、「寛大」でも「柔和」でもないのでしょう。部下をマイクロマネジメントしてしまうような人は、「しっかりして」はいるのでしょうが、「大まか」ではないのでしょう。また、力強い言葉で何となく聞き手を沸かせはするものの、よく聞いてみると何を言っているのかわからない、という人は「剛健」ではあるのでしょうが、「内も充実」しているとは言えないのかもしれません。
こうした「不徳」の状態に自分が陥っていないかを振り返ることは、人の上に立つすべてのリーダーに必要なことでしょう。
そうした意味で『人望の研究』は、組織を導く役目を背負ったあらゆるビジネスパーソンに役立つ、一種のビジネス書ともいえます。
ご自身のスキルアップにもつながる本として、自民党総裁選の行方を見守りつつ読んでみてはいかがでしょうか。
(編集部・西田)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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