今年11月に控えるアメリカ大統領選挙。民主・共和両党の指名候補は早くも決定しそうな情勢です。このままいけば、現在81歳のバイデン氏 vs 77歳のトランプ氏の「後期高齢者」対決が予想されます。
高齢者同士の争いで懸念されるのは、年齢からくる健康問題です。体力的なことはもちろん、大統領として十分な判断力があるのか、多くの米国民が不安に感じているようです。
そんな不安を裏づけるかのように、最近、バイデン大統領の記憶力の衰えを取り上げる報道が出ています。2月4日にはフランスのマクロン大統領を故・ミッテラン元大統領と混同、また7日のイベントでも、ドイツのメルケル前首相を故・コール元首相と言い間違えたりするなど、「史上最高齢」の大統領は再選に向けて、実務面での懸念が囁かれています(「バイデン大統領「私の記憶は大丈夫だ」 報告書に反論」/日本経済新聞電子版2024年2月9日)。
「記憶力の衰え」を取り上げるこうした報道に接して、日本の中高年のビジネスパーソンには身につまされる思いの方も少なくないのではないでしょうか。かくいう私も、すぐに思い出せないことが多くなったな、と感じることが増えてきました。このことは以前に読んだ本に書いてあったけど、どの本だったか…。TVでよく見るこの人は、顔はわかるのだけれど名前が出てこない…。書店で前に購入したのと同じ本を、また買ってしまった…。
あれこれ思い出そうとしている横で、子どもが学校の宿題としていとも簡単に『枕草子』の冒頭を暗唱しているのを聞いていると、記憶力は年齢に従って衰えていくばかりなのだろうか、と悲しい気持ちになります。
しかし、脳の専門家はそうではない、と言います。いくつになっても記憶力は鍛えることができる、と。
今回は、脳科学の研究成果に基づいて記憶が脳に蓄えられるメカニズムを解説し、そこから導かれる「効率的な記憶力の鍛え方」を紹介する『記憶力を強くする 最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方』(池谷裕二 著/講談社 刊)をPick Upします。
『記憶力を強くする』は、現在脳科学者として幅広く活躍する池谷裕二氏のデビュー作です。2001年に刊行され、20万部を超えるベストセラーとなりました。
本書の冒頭では、イギリスの認知神経科学者がロンドンのタクシー運転手の脳の構造を調べた研究を紹介しています。その研究では、「ロンドン市内を縦横に走る道路や目標物」という膨大な情報を記憶しているタクシー運転手たちは、脳の一部(記憶を司る「海馬」と呼ばれる部位)が一般の人よりも大きいという事実が明らかになりました。それは、次の2つの意味で衝撃的だった、と著者は述べます。
ひとつ目は、減る一方であると思われていた脳の神経細胞が、じつは、増殖して数が増えることもありうるという事実です。(中略)2つ目は、脳を使えば使うほど神経細胞が増えるという事実です。脳を鍛えることで記憶を司る神経細胞を増やすことができるというわけです。
(『記憶力を強くする』 28~29ページ)
この研究では、ベテランのタクシー運転手ほど、脳の神経細胞が増えていたといいます。
つまり、記憶力は年齢を重ねても鍛えることができる ―― 。この事実は、中高年のビジネスパーソンに勇気を与えてくれるでしょう。
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さて、私たちは普段、頭の中にある過去の経験や、本で読んで得た知識などをまとめて「記憶」と呼んでいます。しかし、記憶にはいくつかの分類があることが、本書でわかりやすく解説されています。
本書によれば、まず記憶はその保たれている“時間”で分類されるといいます。一般的に、30秒から数分程度までの記憶は「短期記憶」、それよりも長い記憶は「長期記憶」と呼ばれています。そして、長期記憶はさらに「エピソード記憶」「意味記憶」「手続き記憶」「プライミング(入れ知恵)記憶」の4つに分類されます。
それぞれの記憶について、著者は次のように説明しています。まずエピソード記憶は、過去の自分の経験に関連した記憶のこと。次に意味記憶は、「ワシントンは米国の初代大統領」といった、抽象的な記憶である「知識」のこと。そして手続き記憶は、服を着たり脱いだりするといった「体で覚える」記憶のことだといいます。
最後の「プライミング(入れ知恵)記憶」は、無意識に行われてしまう記憶のことです。本書では、ある文章内に「ほうれんそう」という単語が2回出てきたとすると、3回目に出てきた単語が「ほうれそんう」であっても「ほうれんそう」と呼んでしまうような記憶のことである、と例を引いて解説しています。
編集者にとって、このプライミング記憶は非常に厄介なものです。原稿の打ち間違いなどによって「ほうれそんう」のような言葉が混じっていても、校正で見落としてしまう可能性があるからです。『TOPPOINT』の編集部では、このようなミスを見逃さないために、校正刷りの1文字1文字をペンで押さえながら、校正の作業をしています。
これらの記憶のうち、いわゆる「記憶」らしい記憶は、エピソード記憶と意味記憶です。そして、この2つの記憶に関わっているのが、先述した脳の「海馬」の部分になります。
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では、記憶力を効率的に鍛えるには、どうすればよいのでしょうか? 著者は、記憶する時にはその年齢に見合った記憶の仕方があると述べます。
たとえば、中学生のころまでは、意味記憶の能力がまだ高いですから、試験内容を「丸暗記」してテストに臨むという無謀な作戦でもなんとかなります。しかし、この年齢を越えたころから、少しずつエピソード記憶が優勢になっていきます(中略)歳をとって、エピソード記憶が発達してくると、丸暗記よりも、むしろ論理だった記憶能力がよく発達してきます。ものごとをよく理解して、その理屈を覚えるという能力です。
(『記憶力を強くする』 189~190ページ)
上記の理由から、本書では「論理的な記憶力」を鍛えるための方法を解説しています。その方法の1つとして、「物事を関連づける」ことを挙げます。これは、皆さんも経験的によくわかるのではないでしょうか。著者は特に、自分の経験に結びつけて記憶することを勧めます。そうすれば、「エピソード記憶」として長期にわたり記憶されるからです。
このエピソード記憶を簡単に作る方法があります。それは「覚えた知識を人に説明」すること。そうすれば、「あの時教えたところだ」といった具合に、教えたことがきっかけとなって思い出すことができるといいます。
ビジネスパーソンが身につけておきたい知識がある場合、勉強会を開いて自ら調べ、発表するようにすれば、その知識をより強く、長く記憶しておくことができるでしょう。また直接的ではありませんが、自分の担当した仕事のマニュアルを作成し、同僚にそれに従って作業をしてもらってフィードバックをもらうといったことでも、よりその仕事について理解できるようになるはずです。
本書はその他にも、復習を繰り返すことや毎日少しずつ勉強することが、記憶力を効率的に高めることを教えてくれます。
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世に「記憶術」や「暗記法」を説いた本は数多くありますが、『記憶力を強くする』は脳科学の研究成果から、脳の構造に沿った効率的な記憶の仕方を解説している点で信頼のおけるものです。
本書を参考にして記憶力を高めることで、皆さまの仕事や人生をより充実したものにしていただければ幸いです。
(編集部・小村)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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