2023.11.6

編集部:西田

なぜ、アメリカはイスラエルを支持するのか 米国政治に影響を及ぼすユダヤ・ロビーの実像に迫る

なぜ、アメリカはイスラエルを支持するのか 米国政治に影響を及ぼすユダヤ・ロビーの実像に迫る

 10月7日に起きた、イスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃。そしてイスラエルによる報復攻撃の開始から、1カ月が経とうとしています。
 この間、紛争の解決に向けて、多くの国家や国際機関が動いてきました。
 人質の解放を仲介したカタール、戦闘の中断を求める決議案を国連安保理に提出したブラジル、ガザへの医療援助を図るWHO(世界保健機関)…。
 様々な国が様々な立場で関わりを持つ中でも、特に目立つのはアメリカの動向です。
 バイデン大統領は、10月18日にはイスラエルを訪れ、ネタニヤフ首相と会談。巨額の軍事支援や人道支援を表明して、イスラエルへの連帯を強調しました。
 またアメリカは、ブラジルが国連安保理に提出した戦闘の中断を求める決議案に拒否権を発動、イスラエルに「自衛権」を認めるべきとして反対に回りました。反対票を投じたのは、15の理事国の中でアメリカ1国だけです(賛成は12カ国。2カ国は棄権)。
 こうしたアメリカのイスラエル支持の姿勢は、歴史的に一貫しています。
 例えば、1982年にイスラエルがレバノンに侵攻した際、アメリカはイスラエルを非難する国連安保理決議案に拒否権を行使しています。今回紹介する本によると、その時以降でアメリカがイスラエルを擁護するために発動した拒否権は、実に30回超。アメリカの拒否権行使は、そのほとんどが中東情勢に関するものです。
 なぜアメリカは、これほどまでにイスラエル寄りの対応を取るのか?
 本書『アメリカはなぜイスラエルを偏愛するのか 超大国に力を振るうユダヤ・ロビー』(佐藤唯行/ダイヤモンド社)はその答えを、アメリカ政治とユダヤ・ロビー組織の関わりの歴史から読み解きます。

 本書の中核をなすのが、「最強のユダヤ・ロビー」ともいわれる「アメリカ・イスラエル公共問題委員会」(AIPAC)の実態の解明です。著者はこう解説します。

 

年間予算一九五〇万ドル、一三〇人の専従職員と公称一〇万人(実態は六万人)の会員活動家を擁するこの団体の任務は、第一に、イスラエルの安全保障を守ることがアメリカの国益にかなうことだと米国民全体に向かって広報・宣伝活動を行なうことである。第二に、米・イスラエルの友好関係を保つために必要な法制定を行なうよう、連邦議会に対しロビー活動を行なうことである。

(『アメリカはなぜイスラエルを偏愛するのか』 10ページ)


 このAIPAC、本書によれば圧力団体としての実力は全米ライフル協会や巨大労組をも上まわり、時に全米第2位とされるほどとのこと(1位は、3300万人の会員を擁する全米退職者協会)。それゆえ、大統領選にも多大な影響力を及ぼしています。
 例えば、ブッシュ(父)大統領。彼は、任期中に湾岸戦争と冷戦という2つの戦争に勝利した「戦勝大統領」として国民的人気を誇ったにもかかわらず、再選をかけた1992年の大統領選では惨敗しました。著者は、その裏に「史上最もイスラエルに冷たい大統領」といわれた、彼の対イスラエル政策があったとしています。また、その後成立したクリントン政権はAIPACと連絡を密にとり、誤解や行き違いを防ぐことに腐心したことも指摘します。
 このエピソード1つとっても、ユダヤ・ロビー組織がアメリカ政治に及ぼす力の大きさが見てとれます。
 今日のイスラエル情勢に目を戻すと、バイデン大統領の外交姿勢に対し、トランプ前大統領をはじめとする共和党議員は「弱腰だ」との批判を展開、よりイスラエル支持の姿勢を示しています。彼らの動きは来年の大統領選を見据えたものともみられ、ユダヤ・ロビー組織の影響力が現在も強いことを感じさせます。

 本書は、こうしたアメリカ政治とユダヤ・ロビー組織の関わりの他、キリスト教右派とユダヤ人社会が深く関わるようになった経緯、ユダヤ・ロビー組織の「人脈と金脈」など、アメリカ社会における「ユダヤ系の政治力」の実態を綿密な調査から分析しており、読み応えのある1冊となっています。

 『アメリカはなぜイスラエルを偏愛するのか』は2006年刊。20年近く前の本です。当然ながら、最近の動向については触れられていません。
 近年では、ユダヤ・ロビーのアメリカ政治への影響力には変化が見られるようです。例えば、2008年にはAIPACとは異なる立場をとるユダヤ・ロビー組織、Jストリートが設立されましたが、彼らはイスラエル政府に対して必ずしも肯定的な立場ではありません。また、Z世代の若者の間にはイスラエル支持に懐疑的な層も増えています。
 ですが、歴史的に形成されてきたアメリカとイスラエルの関係、そしてそこでユダヤ・ロビーが果たしてきた役割を踏まえると、彼らの関係が短期間で完全に変わることは考えにくいでしょう。
 その意味で本書は、今後の中東情勢にアメリカがどう向き合っていくのか、ひいては世界情勢にどう影響を与えていくのかを見通す助けになる書として、まだまだ価値があるといえます。

(編集部・西田)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2007年2月号掲載

アメリカはなぜイスラエルを偏愛するのか 超大国に力を振るうユダヤ・ロビー

人口の上ではマイノリティなのに、米国の政治に強い影響力を持つユダヤ社会。その政治的パワーの源といえる“人脈と金脈”を分析した1冊。ユダヤ人史を専門とする大学教授の著書だけに、ユダヤ人の民族的背景にスポットを当てながら、現状に踏み込んでいく。感情論や奇想天外な空想に染められた凡百のユダヤ本とは、一線を画した研究書だ。

著 者:佐藤唯行 出版社:ダイヤモンド社 発行日:2006年11月

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