
22年前の今日 ―― 2001年9月11日、イスラム過激派のテロ組織アルカイダによって「アメリカ同時多発テロ事件」が引き起こされました。ハイジャックされた旅客機がワールドトレードセンタービルに突撃する映像は、今も私の脳裏に焼き付いています。
3000名にも上る犠牲者を出したこのテロ事件は「予測可能」であった ―― こう指摘する本があります。それが今回Pick Upする、『予測できた危機をなぜ防げなかったのか? 組織・リーダーが克服すべき3つの障壁』(マックス・H・ベイザーマン、マイケル・D・ワトキンス/東洋経済新報社)です。
著者は、ハーバード・ビジネススクール教授のマックス・H・ベイザーマンと、リーダーシップ戦略をメインに扱うジェネシス・アドバイザーズの創業者マイケル・D・ワトキンス。彼らは本書で、次のように語っています。
連邦政府は、イスラム狂信派のテロリストが自らの主義のため進んで殉教者となること、そして一九九〇年代を通して米国に対する憎悪と攻撃性を募らせていたことを知っていた。テロ集団は、一九九三年にワールドトレードセンターを爆破した。未遂ながら一九九四年には、エールフランス機をハイジャックし、そのままミサイルとなってエッフェル塔に突入しようとした。(中略)
事実の断片をつなぎ合わせると、予見可能な危機の脅威が姿を現す。合衆国政府は、四機の旅客機がニューヨークとワシントンを襲撃するのに使われることを知っていたのだろうか。答えはノーだろう。(中略)しかし、政府の諸機関にも政治家にも、航空安全に重大な欠陥が存在することを知る必要なデータは、すべてそろっていたのだ。(『予測できた危機をなぜ防げなかったのか?』 2~3ページ)
つまり、同時多発テロの発生を示唆する事件は9.11以前から起きていた、というのです。もちろん、米国の政治家たちは報告を通じてそれを認識していました。そのため、未然に対策を講じたり、より大きな事件(危機)の発生を予測したりすることはできたはずだと、著者らは指摘しています。しかし、米国の指導者たちはそれをしなかった。なぜでしょうか?
著者らはその理由として、「認知要因」「組織要因」「政治要因」を挙げています。
例えば、組織要因。組織が予見可能な危機に対して脆弱になる要因には、次のようなものがあります。
- ・起こりつつある脅威に関する情報の収集に必要な資源を投入しない
- ・共有するにはセンシティブすぎると思う情報を周知したがらない
- (中略)
- ・個人的な怠慢と不正行為
- ・責任の定義が曖昧で、誰も行動をとるインセンティブがないまま、手遅れになる
- ・学習した教訓を保存しなくなる
- (『予測できた危機をなぜ防げなかったのか?』 100~101ページ)
この組織要因は、米国に限った話ではありません。同様のことは、福島第一原発事故でも見られました。
国会福島原発事故調査委員会(国会事故調)の委員長を務めた黒川清氏は、自著『規制の虜 グループシンクが日本を滅ぼす』(講談社)の中で、次のように述べています。
各地の原発には大小さまざまな事故があったにもかかわらず、多くの場合、対応は不透明で、組織的な隠蔽も行われた。前例踏襲や組織の利益を守ることが身に染みついた規制当局の幹部は、国際的な安全基準から目を背け、国民の安全を守るには程遠いレベルだった。(中略)こうして日本の原発は、事故対策が極めて不充分なまま3・11を迎えたのだった。
(『規制の虜』 154ページ)
都合が悪いことは隠す、国民の安全よりも事業者の利益を優先する、異論はなるべく排除する…。事故後の調査・分析により、東京電力や政府、役所などの悪しき体質が明らかになったことから、国会事故調は報告書で、福島第一原発事故は「人災」であったと結論付けました。
同時多発テロ事件も原発事故も、予兆となるような出来事は以前から生じていました。それを認識した時、組織のトップが立ち止まって対策を講じていれば、重大な危機を招くことはなかったかもしれません。このように考えると、事件・事故後に組織のトップが「予想外だった」などと語る言葉は、自らの怠慢、マネジメント能力不足を認めているように聞こえてしまいます。(認知要因と政治要因については、ぜひ『予測できた危機をなぜ防げなかったのか?』を読んでご確認ください)
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では、予見可能な危機を防ぐために、リーダーはどのような行動をとるべきなのでしょうか? ベイザーマンとワトキンスは、次のように述べています。
あなたの組織やあなたがよく知っている他社で最近起こった重大な危機を考えていただきたい。そして次の点を自問してほしい。
- ・認識 その脅威は認識されるべきものだったか
- ・優先づけ 認識されていた場合、その発生しつつある脅威には、適切な優先順位がつけられていたか
- ・動員 優先順位が与えられていた場合、組織はその問題に対処するために効果的に動いていたか
(『予測できた危機をなぜ防げなかったのか?』 164ページ)
例えば9.11同時多発テロの場合、米国の各情報機関の中では、アルカイダが米国本土を攻撃する可能性は小さく、攻撃対象は海外の関係機関になるという思い込みが蔓延していました。著者らは、そうした認識が米国本土攻撃の可能性を示す情報(証拠)を覆い隠してしまったと指摘します。
そして、こうした事態を防ぐためには、予見可能な危機が隠れていそうな領域に組織の注意を向け直すこと、重大な危機の後に徹底した事後検討を行うことなどが必要だと述べています。
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人はすべての危機を予見できるわけではありません。ですが、組織内の問題を明らかにし、様々な想定の下、危機対策を講じることはできるはずです。
今回ご紹介した『予測できた危機をなぜ防げなかったのか?』は、その時の参考書としてきっと役立つはずです。22年前に起きた痛ましい事件の教訓を活かすために、特に経営者をはじめ、マネジメント層の方々に一読をおすすめしたい1冊です。
(編集部・油屋)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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