マスクを外せないのは誰のせい? 日本を支配する「空気」の研究

「あの人、空気を読むのがうまいよね」「今はそういう話を持ち出せる雰囲気じゃない」「あの場では断れないムードだった」…。
日本では会議や会話の中などで、“空気”あるいはそれに近い言葉が頻繁に使われます。例えば最近、熱中症のリスクがあるにもかかわらず、ほとんどの人は屋外でもマスクを外しません。それは、新型コロナウイルス感染症対策の他に、「みんながマスクをしているのに、自分だけ外すような“空気”じゃない」と考えるからではないでしょうか。
今回取り上げたいのは、そんな“空気”について考察した名著、『「空気」の研究』です。著者は、作家・評論家として活躍された山本七平氏です。
山本氏は、“空気”は非常に強固でほぼ絶対的な支配力を持つ「判断の基準」であり、それに抵抗する者を異端として社会的に葬るほどの力を持つ、一種の超能力だといいます。
一般的に、私たちは物事を論理的に決めています。筋の通った話や、理由、結論を基に判断を下します。しかし時として、どう考えても論理的とはいえない“空気”的な判断によって物事を決めてしまうことがあります。
その一例として山本氏が挙げているのが、第二次世界大戦中の戦艦大和の特攻出撃に関する話です。戦艦大和の特攻出撃とは、神風特別攻撃隊のように、大和がアメリカの戦艦に体当たりする作戦のこと。この出撃を「無謀」だとする人々は、当時、その根拠となるデータを持っていました。にもかかわらず、軍の首脳らによる議論の場では、「全般の空気により」出撃が決断されたといいます。
しかもこの場に参加していたのは、素人ではなく、軍事等の専門家たちでした。つまり、戦場を知り尽くした専門家でも、また出撃が失敗に終わるという根拠があっても、「作戦を実行するしかない」という“空気”の前では無力だったのです。
このように、“空気”が場を支配すると、それに抵抗することは至難の業です。とはいえ、明らかに悪い方向へ進むことが予想される場合、“空気”を理由に無視し続けるわけにはいきません。どうすれば、この目に見えない“空気”を打破することができるのでしょう。
山本氏は本書の中で、「空気」を壊す方法も提示しています。それは、「水を差す」ことです。ここでいう「水」は、最も具体的な目前の障害を意味し、それを口にすることで、即座に人々を現実に引き戻すことができるといいます。
このことを、山本氏は青年時代の体験から説明します。氏によれば、出版社に勤める編集員はよく、独立して自分が出版したい本の話をしていたそうです。そのうち話はどんどん具体化し、次第にその場の空気は「いつまでもサラリーマンじゃつまらない、独立して共同ではじめるか」ということになっていく。そしてついに、「やろう」となったところで、誰かが次のように言う。「先立つものがネエなあ」、と ―― 。
これが一種の“水”だと、山本氏はいいます。現実を伝えるこのような一言が、場の空気を壊す力になるのです。
本書の初版発行は1983年。戦時中も、この書が発行された当時も、そして今も、“空気”は日本人を拘束し続けています。最近、ニュースやSNSを見ていると、社会一般の常識から外れている人になら攻撃してもよい、という“空気”がはびこっているような気もします。
『「空気」の研究』は、周りの“空気”を読むことに疲れた時、また本心では違うことがしたいのに“空気”に流されていると感じた時に、ぜひ手に取っていただきたい1冊です。
(編集部・油屋)
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