
早いもので、間もなく新年度が始まります。
この時期になると、新入社員が自分の部署に来ることがわかったり、異動や転職で新しい職場に向かうことが決まったりします。私はどちらかというと人見知りなので、この時期が少し苦手です。初めての人に会うと、何を話したらいいか悩んでしまうからです。
私と似たような悩みを持つ方も少なくないでしょう。また、初対面の相手でなくとも、人と会話し、意思疎通を図るのは難しいものです。そこで今回は、半世紀にわたってアメリカで読み継がれてきたビジネス&コミュニケーションの古典的名著、『「話し方」の心理学 必ず相手を聞く気にさせるテクニック』(ジェシー・S・ニーレンバーグ/日本経済新聞出版社)をご紹介します。
著者は、アメリカの産業心理学者(心理学博士)のジェシー・S・ニーレンバーグ氏。ニューヨーク大学などで心理学の教鞭をとるかたわら、企業人のカウンセラーとしても活躍した人物です。そんなニーレンバーグ氏が1963年に著した『「話し方」の心理学』(日経ビジネス人文庫は2017年刊行)には、コミュニケーション力、対人能力を磨く上で役立つテクニックが詰まっています。
例えば、相手の関心をつなぎとめ、話を聞いてもらいたい時は、次のような方法が効果的だといいます。
思っていることを要領よく相手に伝えるには、無関係な情報をそぎ落とすことがたいせつだ。必要な部品だけを提供する。そうすれば相手はこちらが意図したものを組み立ててくれる。
(『「話し方」の心理学』 162ページ)
相手になにかを伝えるときは、一度にひとつだけと決める。相手がいくら集中して話を聞いてくれたとしても、ひとつなにかを言われたらそれを消化してからでなければつぎに言われたことは吸収できない。(中略)
なにかを教えたり、アドバイスしたりするときには一度に二〇秒以上しゃべってはならない。それ以上長くなると、聞き手は聞いたことを飲み込めなくなる。(『「話し方」の心理学』 167~168ページ)
会話が苦手な人の中には、「自分の話が相手にうまく伝わらない」という悩みをお持ちの方もいるのではないでしょうか。例えば仕事の相談に乗っている時、相手は「うんうん」「なるほど」と相槌を打っていたので、自分のアドバイスが伝わったと思っていたのに、後で確認してみたら「そんなこと言っていましたっけ?」と返答されてガクッときた。一生懸命伝えたのに、相手に聞き流されていて悲しい思いをした…。
こういうケースの場合、私たちは話が伝わらない原因を相手に求めてしまいがちですが、ニーレンバーグ氏は違います。本書で次のように述べています。
話し手の責任は自説を言葉で表現して伝えるだけではない。どれほど理路整然と明確かつ適切に伝えたとしても、それだけでは足りない。その程度では相手の頭ははたらいてくれない。
もう一歩進んで相手がそれについて思考するようにしむける、そこまでが話し手の役割である。(『「話し方」の心理学』 185ページ)
つまり、自分の意見をただ一方的に伝えるだけでなく、相手が頭を働かせるような伝え方をする必要があるということです。そして、そのためには“質問”をうまく使うとよいとアドバイスしています。
質問と聞くと、相手がイエス・ノーで答えられる問いかけ ―― 例えば「今日は電車で来たのですか?」「〇〇が好きですか?」といったものを想像しますが、著者によれば、質問は疑問形をとるとは限りません。
質問とは相手に思考を促すためのものである。こちらですと相手が進むべき方向を示して、考えてもらうことである。この課題について考えてくださいとリクエストする、それが質問だ。
質問は必ずしも疑問形をとらない。たとえば「昨夜のパーティーではあなたにお目にかかれると思っていましたよ」は、“なぜ昨夜のパーティーに出席していなかったのですか?”という質問である。
また、(中略)「ハリーは冷酷で利己的な人物に見られていますが、基本的には礼儀もわきまえた、こころの温かい人だといまでもわたしは思っています」という発言は、あなたはこれに賛成ですか反対ですかという問いかけでもある。発言の最後に、あなたはどう思いますか、という無言の問いかけがぶらさがっている。こういう無言の問いかけも、これについて考えてくださいと相手を促しているのである。(『「話し方」の心理学』 199~200ページ)
このように質問を有効に使うことができれば、意見を伝えるだけでなく、相手の考えも無理なく聞くことができるでしょう。そうすれば、次に繋ぐ言葉も自然と出てきて、相手の記憶に残る話ができるようになると思います。会話が苦手という方は、質問する習慣を取り入れるといいかもしれません。
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ここまでご紹介した通り、ちょっとした工夫でコミュニケーション力は高めることができます。気に入った会話テクニックがあれば、職場や家庭で試してみてはいかがでしょうか。
また、本書が説くテクニックの中には、一見すると当たり前のように思えるものも少なくありません。ですが、そんな「当たり前」(のようなこと)が意外とできていないからこそ、相手とのすれ違いや言い争いが起きてしまうのかもしれません。そういう意味で、『「話し方」の心理学』は「自分は、コミュニケーションは大丈夫」と思っている人にもぜひ一読してもらいたい1冊です。
(編集部・油屋)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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