
2023年6月13日、政府は少子化対策の強化に向けて、「こども未来戦略方針」を閣議決定しました。
この方針の冒頭では、近年少子化が加速していることや、急速な少子化・人口減少に歯止めをかけなければ日本の経済・社会システムの維持が難しいといった状況を述べた上で、次のように書いています。
若年人口が急激に減少する2030年代に入るまでが、こうした状況を反転させることができるかどうかの重要な分岐点であり、2030年までに少子化トレンドを反転できなければ、我が国は、こうした人口減少を食い止められなくなり、持続的な経済成長の達成も困難となる。
(「こども未来戦略方針」 令和5年6月13日閣議決定)
厚生労働省の発表によると、2022年の出生数は77万747人。出生数が80万人を下回るのは1899年の統計開始以来初で、減少のペースも国の推計を上回るものです。こども未来戦略方針の「重要な分岐点」という言葉からは、加速する少子化への強い危機感が見てとれます。
2023年1月、岸田首相が年頭記者会見で「次元の異なる少子化対策」を表明して以来、少子化対策は国民的な議論も巻き起こしながら検討されてきました。この問題は、現在の日本が直面する最優先課題の1つであることは間違いありません。
ですが一方で、今後の日本社会のあり方について考える際、議論すべきは少子化対策のみで十分なのでしょうか?
今週Pick Upするのは、その点についての気づきを与えてくれる本、『人口減少社会のデザイン』(広井良典/東洋経済新報社)です。
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本書において広井氏は、日本社会は「持続可能性」という点において危機的状況に直面していると語り、重要なものとして次の3つを挙げています。
①財政あるいは世代間継承性における持続可能性
②格差拡大と人口における持続可能性
③コミュニティないし「つながり」に関する持続可能性
その上で、こうした持続可能性の危機が招く未来について、こう論じます。
「2050年、日本は持続可能か」という問いをテーマとして設定した場合、現在のような政策や対応を続けていれば、日本は「持続可能シナリオ」よりも「破局シナリオ」に至る蓋然性が高いのではないか。
「破局シナリオ」とはあえて強い表現を使ったものだが、その主旨は、以上に指摘したような点を含め、財政破綻、人口減少加速(←出生率低下←若者困窮)、格差・貧困拡大、失業率上昇(AIによる代替を含む)、地方都市空洞化&シャッター通り化、買物難民拡大、農業空洞化等々といった一連の事象が複合的に生じるということである。
(『人口減少社会のデザイン』 21ページ)
広井氏の整理に従えば、今回政府が決定したこども未来戦略方針は、上の引用にもあるような「人口減少加速(←出生率低下←若者困窮)」につながる「現在のような政策や対応」を見直そうとしたものと受け取れます。先に挙げた3つの持続可能性の危機でいえば、②の一部といえるでしょう。
ですが、「破局シナリオ」を避けるためには、それ以外の危機 ―― 財政破綻や格差拡大、コミュニティの崩壊といった問題についても、総合的に検討していく必要があるのです。
例えば、社会保障をめぐって、「分配」や「負担」のあり方が問題となることがあります。本書では、これに関して次のような示唆的な視点を提供しています。
日本人は“場”の空気というものを最優先で考える傾向が強いため、「分配」や「負担」のあり方といった、“場”の合意がなかなか難しそうな話題については、議論を避け、“その場にいない人々”に押し付けてしまいがちである。そして、思えば“その場にいない人々”の典型が「将来世代」だろう。他国に類を見ないような、将来世代への借金のツケ回しの背景には、こうしたことが働いていると私は思う。
(『人口減少社会のデザイン』 179ページ)
今日の世代のニーズを満たすために、将来世代を犠牲にするような政策では、「持続可能」とはいえないでしょう。
この視点から、今回のこども未来戦略方針を見てみましょう。「2030年代初頭までに、国の予算又はこども一人当たりで見た国の予算の倍増を目指す」といった魅力的な言葉が並ぶ一方で、「その財源については、今後更に政策の内容を検討し、内容に応じて、社会全体でどう支えるかさらに検討する」といった記述も見られます。
果たして“その場にいない人々”へ責任を押し付ける結論にならないでしょうか。日本社会の「持続可能性」をめぐる議論は、これからが本番といえそうです。
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『人口減少社会のデザイン』では、広井氏らの研究グループが、2017年にAIを活用して約2万通りの日本社会の将来シミュレーションを行ったことが述べられています。
そこから明らかになったのは、未来のシナリオは主に「都市集中型シナリオ」(人口の都市への一極集中が進行し、地方が衰退するシナリオ)と「地方分散型シナリオ」(地方へ人口分散が起こるシナリオ)の2つに分かれるということでした。これをふまえて、本書は次のように説きます。
8~10年後までに都市集中型か地方分散型かを選択して必要な政策を実行すべきである。
今から8~10年程度後に、都市集中型シナリオと地方分散型シナリオとの分岐が発生し、以降は両シナリオが再び交わることはない。
(『人口減少社会のデザイン』 24ページ)
この言葉は本稿の冒頭に引用した、こども未来戦略方針の「2030年代に入るまでが、こうした状況を反転させることができるかどうかの重要な分岐点」という記述とオーバーラップします。
上記の将来シミュレーションが行われたのは2017年のこと。その時点で「今から8~10年後までに」と言っているのですから、残された時間はすでに限られたものとなっています。
日本社会を持続可能なものにするために、少子化以外にも議論を加速させるべき課題はないか。本書は、それを考える材料を私たちに提供してくれます。
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2023年7月号のTOPPOINTでは、『科学と資本主義の未来 〈せめぎ合いの時代〉を超えて』(広井良典/東洋経済新報社)を巻頭書籍としてご紹介しました。同書の「おわりに」において広井氏は、自らの探求の「さしあたっての総括的な3冊の本」の最後の1冊に、同書を位置づけています。
そして、今回Pick Upした『人口減少社会のデザイン』は、そんな“三部作”の1冊目にあたります。氏の「社会に関する構想」が色濃く表れている本書を、『科学と資本主義の未来』と併せてお読みになってはいかがでしょうか。
(編集部・西田)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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