岸田内閣の支持率が低迷しています。
NHKの世論調査によると、7月の内閣支持率は25%。9カ月連続で20%台となっています(岸田内閣「支持」25%「不支持」57% 選挙運動 法律見直しは?/ NHK NEWS WEB 2024年7月8日)。また、時事通信の調査では、同月の内閣支持率は15.5%で、2012年12月に自民党が政権復帰してから最も低かったとのことです(「内閣支持15.5%、最低更新 「政権交代を期待」4割―時事世論調査」/時事通信 2024年7月11日)。
今年9月に自民党の総裁選が控えていますが、岸田首相がこのまま再選を目指すのか、あるいは別の候補者が現れるのか…。今年の夏は様々な動きが見られそうです。
内閣支持率が低迷する一方で、好調なのがNHKの「朝ドラ」こと、連続テレビ小説「虎に翼」です。日本で女性初の弁護士・判事・裁判所所長となった三淵嘉子氏の実話に基づいたオリジナルストーリーが、特に20〜30代女性の心を掴み、第60話(6月21日放送)の世帯視聴率は18.1%と番組最高を記録しました(「「虎に翼」"振り切りキャラ"で異例ヒットの背景」/東洋経済ONLINE、2024年6月28日)。高視聴率を記録し続ける中、ネット上では「内閣支持率を超えた」といった意見も目にします。
さて、朝ドラのタイトル「虎に翼」とは、どういう意味なのでしょうか?
NHKの番組HPでは、次のように記載されています。
<タイトル「虎に翼」とは>
中国の法家『韓非子』の言葉で、「鬼に金棒」と同じく「強い上にもさらに強さが加わる」という意味があります。五黄(ごおう)の寅年生まれで“トラママ”と呼ばれたというモデルの三淵嘉子さんにちなみ、主人公の名前は寅子(ともこ)で、あだ名は“トラコ”です。
法律という翼を得て力強く羽ばたいていく寅子が、その強大な力にとまどい時には悩みながら、弱き人々のために自らの翼を正しく使えるよう、一歩ずつ成長していく姿をイメージしています。(「虎に翼」番組紹介/NHK2024年3月20日)
気になって弊社内の辞書を引くと、確かに次のように説明されていました。
ただでさえ威力の備わっているものがさらに威力を加えること。鬼に金棒。
(日本国語大辞典)
今週のPick Up本では、このことわざの由来とされる中国古典『韓非子(かんぴし)』を現代語訳で紹介している、『韓非子 全現代語訳』(本田済 訳/講談社 刊)を取り上げます。
『韓非子』とはどんな書物か?
『韓非子』は、中国の春秋戦国時代(紀元前722~前206年)の思想家、韓非の著作です。韓非の経歴についてはあまり詳しくわかっていないそうですが、『史記』によると、韓非は韓の諸公子で、秦の始皇帝の時代に生き、紀元前233年頃に没したとのこと。話すよりも物を書くことの方が上手く、祖国の韓が弱体化している時には、韓王に上書(意見を述べるために書面を差し出すこと)をしていたそうです。
そんな韓非が著した『韓非子』は、全20巻・55篇から成り、主に統治者の視点から、国家をどのように効率的に管理し、秩序を保てばいいかが説かれています。
「虎に翼」が出てくるのは、「第17巻 難勢 第40」です。そこには、次のように書かれています。
勢とは国を治めるにも国を乱すにも便利なものである。されば『周書』にも『虎のために翼を傅(=附)くるなかれ、まさに飛んで邑(むら) に入り、人を択(と)ってこれを食わんとす』とある。
愚者を勢に乗ぜしめるのは、虎のために翼を傅けてやるようなもの。桀・紂は高い台や深い池を作って民の力を使い果たし、炮烙(ほうらく)の刑(中略)を行なって民の命を奪った。桀・紂が、かくほしいままな行ないを成し得たのは、王者の威光がその翼になったからである。(『韓非子 全現代語訳』 486ページ)
文中に出てくる「桀(けつ)・紂(ちゅう)」とは、夏(か)の桀王と、殷(いん)の紂王のことです。ともに古代中国の暴虐な君主として知られています。翼すなわち権勢を、朝ドラの寅子のように正しく使おうとする賢者もいる一方で、桀や紂が悪行を成し得たのは、王という立場にある者が権勢を握ったためだということを、「虎に翼」という言葉を用いながら非難しています。
ちなみに、虎に翼以外にも、矛盾や社鼠(しゃそ)などの成語は、『韓非子』にその出典があります。『韓非子』は言葉のルーツを知る上でも参考になる書だと思います。
『韓非子』の思想
韓非は、「性悪説」を唱えたとされる荀子(じゅんし)の弟子だったといいます。そのため、韓非の思想には荀子の影響が多分にあったようで、『韓非子 全現代語訳』の解説において本田済氏は次のように記しています。
荀子は儒家であるが、やや異端的で、人の性を悪と見、この人間を治めるためには強制的規範の礼が必要だとし、その実施には強力な君主権が必要だとする。荀子の礼を法に置き換えれば、全く韓非の考えと似たものになる。
(『韓非子 全現代語訳』 659ページ)
そのことは、『韓非子』を読むと非常に強く感じるものです。
例えば、「二柄 第7」では、君主にとって最も有力な武器である「賞」と「罰」は、家来を信じて手放すべきでないと説いています。
人の臣たる者は、刑罰を畏れて褒賞を利とする。故に君主が自ら刑と徳を用いれば、群臣は刑罰の威を畏れ、褒賞の利に就くであろう。
ところが世の姦臣はそうでない。憎む者があれば、君主からその威をだまし取って、これを罪し、愛する者があれば、君主からその利を掠(かす)め取って、これを賞することができる。
今、君主が、賞の利と罰の威とを、自分の手から出させないで、その臣の言うままに賞罰を行なうとすれば、国じゅうの人は、皆その臣を畏れてその君を侮り、その臣に就いてその君を去るであろう。これは、君主が刑と徳を失ったが故の弊害である。(『韓非子 全現代語訳』 52ページ)
この言葉は、部下の立場に立って考えると納得しやすいかもしれません。いくらトップが人徳ある方だとしても、直に褒章を与えてくれる、あるいは罰を与えてくる直属の上司の指示を優先してしまう人は少なくないように思えます。だからこそ、トップに立つ者は「賞」と「罰」を手放してはならないのです。
『韓非子 全現代語訳』ではこの他にも、厳しい人間観の上に立ち、様々な人間関係における誤りのない対応の仕方が説かれています。今と昔とでは時代や社会情勢が大きく違うとはいえ、現代でも性悪説を前提に、リーダーが独自の戦略やビジョンを打ち出し、強く皆を引っ張っていくことを求められる場面もあることでしょう。現在リーダーとして組織を率いている方はもちろん、これからリーダーを目指す人にも一度手に取っていただきたい名著です。
(編集部・油屋)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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