
ここ数カ月、仕事のあり方を大きく変えると話題になっているChatGPT。
2023年4月10日には、開発会社であるオープンAIのサム・アルトマンCEOが来日し、岸田首相と面会しました。今後、日本でもChatGPTの本格的な活用や、そのためのルール整備が進んでいくと見込まれます。
さて、注目を浴びているアルトマン氏ですが、実はAIの他にも力を注いでいる分野があることをご存じでしょうか。
それは、“老化”に関する研究です。
「人間の健康寿命を10年延ばす」。そんな野心的なミッションを掲げるアンチエイジング(抗老化)企業に、氏は1.8億ドルを投じているというのです(「特報:オープンAIのCEO 長寿企業に1.8億ドル投資――その狙いは?」/MITテクノロジーレビュー2023年3月14日)。
厚生労働省によると、日本人の平均寿命は、2019年で男性81.41歳、女性87.45歳。
一方、健康上の問題で行動を制限されずに日常生活を送れる期間を表す「健康寿命」の平均は、2019年で男性72.68歳、女性75.38歳となっています(出典:厚生労働省ホームページ)。
このデータは、男女で差はあるものの、私たちは人生の終盤におよそ10年もの期間、日常生活に制限を抱えながら過ごすということを示しています。
人生100年時代の到来が謳われつつも、それが必ずしも「健康な」100年間を意味しない現実を踏まえると、先の「人間の健康寿命を10年延ばす」というミッションの意義は大きいでしょう。
ですが、そんなことが本当に可能なのでしょうか? 年齢とともに心身が衰えていくのは、仕方のないことなのでは? 老いとは、いずれ誰にでも訪れる、避けようのない運命ではないのか…。
今週Pick Upするのは、私たちのそんな固定観念を揺さぶってくれる本、『LIFESPAN 老いなき世界』(デビッド・A・シンクレア、マシュー・D・ラプラント/東洋経済新報社)です。
本書は、次のように主張します。
老化は1個の病気である。私はそう確信している。その病気は治療可能であり、私たちが生きているあいだに治せるようになると信じている。そうなれば、人間の健康に対する私たちの見方は根底からくつがえるだろう。
(『LIFESPAN』 160ページ)
老化は“病気”であり、“治療”できる――。
にわかには信じがたいこの主張の拠り所となっているのは、「長寿遺伝子」。私たちの体内には、寿命を延ばし、健康な生涯を送れるようにする遺伝子が存在するというのです。
著者の1人、デビッド・A・シンクレア博士は、そんな長寿遺伝子の1つである「サーチュイン」の研究で注目を浴びている、遺伝学の権威です。
様々な実験や研究の結果を踏まえ、本書では次のように述べています。
サーチュインは私たちの健康や体力、そして生存そのものを司るように進化してきた。また、進化の過程で、「NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)」という分子を用いて仕事をするようにもなった。(中略)加齢とともにNADが失われ、そのせいでサーチュインの働きが衰えることが、老齢に特有の病気を発症する大きな理由の1つと考えられている。
(『LIFESPAN』 72~73ページ)
では、どうすれば長寿遺伝子を活性化させることができるのか?
本書は、「老化治療薬」に関する研究の現状を提示しながら、誰もが今日から実行できる方法も併せて紹介しています。
例えば、食事の量を減らす、プチ断食をする。暑さや寒さに体をさらす、運動をする…。共通するのは、体に「適度なストレス」を与えるということ。そのストレスが引き金になって、長寿遺伝子が働きだすようです。
老いを防ぐために日々行うべきことを実践的に示しつつ、未来における老化防止のあり方を具体的に描き出す。本書は、老化に関する研究の現在と未来を俯瞰し、私たちが老いとどう向き合うかを考える上で示唆を与えてくれる1冊です。
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ところで、人類が老いを克服することは、本当に望ましいことなのでしょうか?
死者数が減って人口増加のペースが上がることで、地球上の資源の枯渇が加速するのではないか。高齢者が増えることで、社会保障システムが危機に陥るのではないか。一握りの富裕層だけが高度な老化治療の恩恵に与り、格差社会がより一層先鋭化するのではないか…。
ひとたび「老いなき世界」が訪れれば、人々はその恩恵を手放そうとはしないでしょう。だとすれば、これらの疑問への答えは、新たな時代の到来前に検討しておくべきものです。
著者はこうした論点についても、紙幅を割いて解説しています。
ヒトという生き物のあり方そのものが大きく変わるのであれば、個人の集まりである社会の形も、根本的に変容せざるを得ません。そうした意味で、本書『LIFESPAN』は、人間社会の未来について考える材料を提供してくれる良書でもあります。
(編集部・西田)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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