2023.5.1

編集部:油屋

行動経済学が教える、人間心理の“クセ”とお金の賢い使い方

行動経済学が教える、人間心理の“クセ”とお金の賢い使い方

 新型コロナウイルスの感染対策が落ち着き、マスク着用も緩和されて迎えた、今年のゴールデンウィーク(GW)。JTBの予測によれば、国内旅行者数は前年比153.1%の2450万人、海外旅行者数は前年比400%の20万人(2019年比21.5%)になるとのことです(「2023年ゴールデンウィーク(4月25日~5月5日)の旅行動向」/JTBニュースルーム)。『TOPPOINT』読者の中にも、久しぶりに遠くへ出かけるという方がおられるのではないでしょうか。

 旅先では、コロナ禍の行動制限の反動から、ついつい散財することもあるでしょう。普段なら絶対に買わない服やキーホルダー、値段の高いドリンクも…。旅行中には躊躇せず購入してしまうのはなぜなのでしょうか?
 このような「つい買ってしまう」心理を解き明かしているのが、今週Pick Upする本『アリエリー教授の「行動経済学」入門 -お金篇-』(ダン・アリエリー、ジェフ・クライスラー/早川書房)です。

 アリエリー氏は行動経済学者。『予想どおりに不合理』『不合理だからうまくいく』などの著者としてご存じの方も多いと思います。共著者のジェフ・クライスラー氏は、弁護士を経て、金融ネタを得意とするコメディアン、コメンテーターとなった異色の経歴の持ち主。そんな彼の協力を得て、本書ではお金にまつわるエピソードが面白く描かれています。

 アリエリー氏によれば、人々がつい不合理なお金の使い方をしてしまう要因の1つは、同じ行動経済学者のリチャード・セイラーが提唱した概念、「心の会計」(メンタルアカウンティング)にあるといいます。
 心の会計とは、お金を全体としてとらえるのではなく、自分の「心の勘定科目」によって仕訳するというもので、本書では次のように説明しています。

 

私たちはプライベートでもいろいろな分類や科目にお金を配分する。一般には衣服や娯楽、家賃、請求書、投資、贅沢品などの予算を立てる。(中略)そして企業と同様、ある分類の予算を使い切ると、残念ながら補充はしない。逆に余ったお金は気兼ねなく使える。(中略)だれもが意識的にであれ無意識にであれ、心の会計を使っている。

(『アリエリー教授の「行動経済学」入門 -お金篇-』 65~66ページ)

 

 例えば、普段は節約志向で、近所のスーパーでは1円でも安い食材を選び、ポイント5倍の日にまとめ買いをする人が、旅行の時にはいつもとは違う会計(旅行会計)からの支出だと考えて、高いものでも悩まずに買ってしまう。これも心の会計でしょう。旅行先でしか着ない服を買うために使った10,000円があれば、スーパーで好きなだけ買い物ができるというのに!

 本書は心の会計のほか、アンカリングや損失回避の法則など、お金に関する人間心理について多数紹介していますが、その中でも個人的に納得感が高かったのが、「クレジットカードや電子マネーはムダ使いしやすい」という話です。
 コロナ禍で普及に拍車がかかった“キャッシュレス”。コンビニでレジ待ちをしていると、クレジットカードをはじめ、ペイペイや楽天ペイなどで支払いをする人を多く見かけます。
 非常に便利なキャッシュレスですが、その請求額を見た時に、自分が思っていた以上の金額で驚いた、という経験をお持ちの方は少なくないのではないでしょうか。
 アリエリー氏らによると、その原因は「割引価値」にあるといいます。

 

将来のお金の価値を現在に引き直したものを、割引価値という。出費をあと回しにすると、同じ金額を今支払うより痛みが少ない。また出費のタイミングが遠い未来になればなるほど、今の痛みは減り、ほとんど無料に感じられることさえある。(中略)
これが、クレジットカードの邪悪で巧妙な特質の一つだ。クレジットカードの主な心理的効果は、消費と出費のタイミングを分離することにある。またクレジットカードを使えば出費をあと回しにできるから、お金の時間感覚があいまいになり、機会費用をはっきり意識しなくなり、現在の出費の痛みが薄れるのだ。

(『アリエリー教授の「行動経済学」入門 -お金篇-』 109ページ)

 

 出費の痛みが軽いから、ついで買いもしてしまい、家に帰った時にはいくら使ったかわからなくなってしまう。GWの旅行などは特に要注意です。心の会計が「旅行会計」になっていて財布のひもが緩んでいる上に、クレジットカードや電子マネーまで使うと、翌月には恐ろしい額の請求書が届くかもしれません。

 後日、旅行代金の請求がきた時に冷や汗をかきたくない、という方は、旅行前にカードの利用限度額をあらかじめ設定するなど、何かしらの対策をしておくといいかもしれません。

 著者らは『アリエリー教授の「行動経済学」入門 -お金篇-』で、お金にまつわる失敗エピソードを多数紹介していますが、だからと言って何に対しても合理的に考え、ケチケチと生きろと言っているのではありません。彼らのメッセージは、次の言葉に表れていると思います。

 

賢者は自分の愚かさをわきまえているが、愚者は財布を開けて愚かさを露呈する。

(『アリエリー教授の「行動経済学」入門 -お金篇-』 314ページ)


 お金に関して自分がどんなバイアスを持っているか、どんな間違いを犯しやすいのかを知る上で、本書は格好の書といえるでしょう。GW中に散財しそうだな、とお思いの方にはぜひ手に取っていただきたい1冊です。

(編集部・油屋)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2018年12月号掲載

アリエリー教授の「行動経済学」入門 -お金篇-

セール品に目がない、普段はケチなのにカジノでムダ遣いをする、無料の景品に釣られて高いものを買う…。人はなぜ、お金に関して愚かな振る舞いをするのか? 不合理な判断を下しがちな人間心理を、行動経済学者らが多くの失敗エピソードを交え解き明かす。お金を賢く使うための考え方と、行動経済学の基礎が学べる1冊だ。

著 者:ダン・アリエリー、ジェフ・クライスラー 出版社:早川書房 発行日:2018年10月

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