“ペイパルマフィア”。
ニュースやビジネス書でこの言葉を目にしたことがある人も多いのではないでしょうか。
ペイパルマフィアとは、オンライン決済サービス「PayPal」(ペイパル)の創業メンバーのこと。2002年にPayPalがeBayに買収された後、彼らは世界を一変させるようなサービスやシステムを生み出し、様々な分野で活躍しています。
例えば、創業メンバーの1人であるピーター・ティール氏は、Facebook(現Meta)へ最初期に投資するなど、起業家支援を通じて新たなビジネスの育成に力を注いでいます。トランプ前米大統領の政策顧問を務めていたことをご存じの人もいるでしょう。
イーロン・マスク氏もペイパルマフィアの1人です。彼の場合は、電気自動車メーカー「テスラ」や宇宙開発企業「SpaceX」の創業者、またはTwitterを買収した人物という印象の方が強いかもしれません。
リード・ホフマン氏はPayPalの創業後、2003年にLinkedIn(リンクトイン)というビジネス特化型のSNSを創設した人物です。2015年には、最近話題の自動応答チャット生成AI、「ChatGPT」を開発した米OpenAI社の立ち上げに参加し、この3月まで同社の取締役を務めてきました(「リード・ホフマン氏、OpenAIの取締役を辞任」/ITmedia 2023年3月6日)。
今回のPick Up本では、ペイパルマフィアの一員であるホフマン氏のリンクトイン等での経験と知見が詰まったビジネス書、『BLITZSCALING 苦難を乗り越え、圧倒的な成果を出す武器を共有しよう』(リード・ホフマン 他著、日経BP 刊)をご紹介します。
タイトルの「BLITZSCALING」(ブリッツスケーリング)という言葉は、ドイツ語のブリッツ(雷)から転じて、総力をあげて成長に集中する戦略(電撃戦)を意味しています。
伝統的なスケールアップ式の成長戦略では、焦点は環境を確実に把握した上で効率性を追求することにあてられる。(中略)一方、ブリッツスケーリングは全く異なるアプローチだ。ブリッツスケーリングではスピードを最優先し、効率を犠牲にする。しかもその犠牲が有効なものであったかどうか、結果を確認する暇も惜しむ。
(『BLITZSCALING』 45~46ページ)
効率を犠牲にし、速さ重視で成長を追い求めるブリッツスケーリングは、リスクが大きい戦略です。ですがホフマン氏によれば、ペイパルやリンクトインだけでなく、グーグル、アマゾン、フェイスブックなど、ゼロから出発して世界的大企業となったケースを分析すると、いずれもブリッツスケーリングによって独自の市場を創出し、制圧しているといいます。こうした成功事例を見れば、この戦略の効果は絶大だと感じることでしょう。
例えば、ライドシェア事業を手掛けるウーバーの戦略については、次のように解説しています。
ブリッツスケーリングでは伝統的なビジネス戦略からは「ムダ」と思えるような資金を投じる必要がある。こうした攻撃的な投資をサポートする金融戦略は、ブリッツスケーリングで決定的に重要な部分だ。
たとえば、ウーバーが新しい都市で事業をスタートする場合、マーケットの両側でプロモーションに多額の費用を投じることが多い。つまり顧客を集めるために運賃を割り引き、ドライバーを惹きつけるために給与を割り増しするわけだ。事業の初期で多額の投資をして、ウーバーは保守的なライバルよりも素早く決定的な規模に到達できた。ライドシェア市場に「トップひとり勝ち」の傾向が強いことを考えれば、この「ムダ」な支出こそウーバーがその都市で支配的な地位を獲得するために役立ったわけだ。(『BLITZSCALING』 71~72ページ)
この他にも、『BLITZSCALING』は、スタートアップ企業が迅速に成長し、市場を席巻するための戦略について、具体的なケーススタディや実践的なアドバイスを交え詳述しています。現在の大企業がどのようにして今の地位を築いたのかを学ぶ上でも、本書は参考になるはずです。
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先述の通り、ホフマン氏は今年3月までOpenAI社の取締役を務めていました。そしてその急成長ぶりや、同社に関するニュースを見ていると、もしかするとOpenAI社にもブリッツスケーリングが取り入れられたのでは…?と想像してしまいます。
同社の沿革を調べると、設立から短期間で大きく飛躍したことがわかります。
- ・2015年12月、サム・アルトマン、ピーター・ティール、イーロン・マスク、リード・ホフマンらによって設立。
- ・2019年3月、営利部門のOpenAI LPを設立。同年7月、マイクロソフトから10億ドルの出資を受ける。
- ・2022年11月、ChatGPTを公開。公開からわずか2カ月で世界のユーザー数が1億人に達する。
- ・2023年1月、OpenAI LPはマイクロソフトから100億ドルの出資を受け、マイクロソフトが49%の株式を取得。
ちなみに、野村総合研究所のレポートによると、既存の主要SNSがユーザー数1億人に到達するまでに、TikTokで9カ月、インスタグラムで2年4カ月かかったそうです(「日本のChatGPT利用動向(2023年4月時点)」/野村総合研究所2023年5月26日)。ChatGPTの浸透スピードが並外れて速いことがわかります。
また、『BLITZSCALING』で取り上げている手法、例えば「既存ネットワークの活用」(すでにあるネットワークを利用してユーザーを獲得すること)と照らし合わせると、OpenAI社の取り組みと合致しているように感じます。
OpenAI社はマイクロソフトから出資を受けており、両社の関係は密なもののようです。今年1月に開催された世界経済フォーラム(ダボス会議)の討論会では、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOが、OpenAI社が開発したツールの商品化を進めることを表明しました。そしてゆくゆくは「マイクロソフトのあらゆる製品に、製品を一変させるようなAI機能を搭載していく」と語っています(「マイクロソフト、全製品にAI機能搭載へ」/ウォール・ストリート・ジャーナル2023年1月18日)。
OpenAI社は設立から10年にも満たない企業です。いくら多額の出資を受けているといっても、またChatGPTが優れていても、既存大手企業に比べると資金力も影響力も劣ります。そこで、マイクロソフトが持つ「既存ネットワーク」を活用する道を選んだ、と考えることはできないでしょうか。今後、マイクロソフトの「Microsoft 365」にChatGPT が搭載されれば、利用者数は飛躍的に増加することでしょう。またそれにより、新たな価値や機会が生まれ、ビジネスが加速度的に成長する可能性もあります。
※米Microsoftは3月16日に、AI機能を統合した「Microsoft 365 Copilot」を発表しています(「AIフル活用の「Microsoft 365 Copilot」。文書もプレゼン作成もAIとの対話で完結」/PC Watch2023年3月17日)。
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感染症の拡大や、地震や台風といった災害などにより、世の中の変化を予測することは非常に難しいといわれています。
そんな中で、「先が読めない環境で成長するには、効率なんて考えるより、とにかくスピードが重要」と説く本書は、ベンチャーや起業家だけでなく、事業を担うリーダーの立場にある人にも一読していただきたい1冊です。きっと、実践的なアドバイスや事例から、今後の戦略や、ビジネスを成長させるためのヒントが得られることでしょう。
(編集部・油屋)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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