2023.3.6

編集部:小村

教養としての“ウイルス”論 生命体か? 物質か? 我々の常識を揺さぶるその生態を第一人者が紹介

教養としての“ウイルス”論 生命体か? 物質か? 我々の常識を揺さぶるその生態を第一人者が紹介

 「小さくなってる?」
 先日、行きつけのスーパーマーケットを訪れた時のこと。いつも購入している10個1パックの卵を見て、私はそう思いました。しかし、値札の金額は以前と同じ。見間違いかと思って手に取ってみると、やはり卵は小さい。普段、その場所で売られている卵はLサイズなのですが、Mサイズに変わっていました。つまり、Lサイズの値段でMサイズの卵が売られていたのです。
 今、様々な食品が値上がりしています。その中でも、毎日食べる卵の値上がりを目の当たりにして、改めてその影響を実感しました。ただし、卵の値上がりには、他の食品とは異なる事情もあります。それは“鳥インフルエンザ”です。

 

キューピーは2日、鶏卵価格の上昇を受けてマヨネーズを4月に値上げすると発表した。(中略)飼料価格の高騰などを受けて養鶏農家が採卵鶏の飼育数を減らしていたところに、22年10月ごろから鳥インフルエンザの発生急増が重なった。殺処分が増えて鶏卵の供給が不安定になり、卸値が高騰している。(中略)鶏卵の高値や供給制約は当面続きそうだ。

(「キユーピー、マヨネーズ値上げ 鳥インフルの影響広がる」/日本経済新聞電子版2023年2月2日)

 

 他の食品と同様、円安やロシアのウクライナ侵攻などの影響を受け、鶏の飼料価格が高騰しました。そこに追い打ちをかけるように、昨年秋から鳥インフルエンザが大流行。養鶏農家は、より深刻な状況に陥っています。

 鳥インフルエンザや、2020年から猛威をふるっている新型コロナウイルスなど、ウイルスによる感染症は甚大な被害を引き起こします。しかも、ウイルスは肉眼で見ることができません。私たちは、感染症対策としてマスクを着けたり消毒液を散布したりすることでしか、見えない相手を防御できないのです。そのため、いたずらに不安や恐怖を感じたり、SNSなどで拡散される不確実な情報に惑わされたりすることもあるかもしれません。
 大きな社会不安に襲われた時、重要なのは、できるだけ正確な知識を得て、それを基に考え、行動すること。ウイルスについても、その正体を正しく理解することが大切です。
 では、ウイルスとは何者なのか、それは人類に“災厄”をもたらすだけの存在なのでしょうか?

 ウイルスについて、その全体像を知ることのできる良書があります。それが今回Pick Upする本、『ウイルスの意味論 生命の定義を超えた存在』(山内一也/みすず書房)です。著者は、東京大学名誉教授の山内一也氏。半世紀以上にわたり研究に携わってきた、ウイルス学の第一人者です。
 氏は本書の目的について、「はじめに」で次のように述べています。

 

ウイルスには、「正体不明の不気味な病原菌」というイメージがつきまとう。エボラ出血熱の発生や新型インフルエンザの出現、あるいはノロウイルスによる集団食中毒といったショッキングなニュースばかりが注目され、ウイルスの驚くほど多様な生態が正しく伝えられていないためである。
本書は、ウイルスが一体どのような存在なのかを紹介し、そしてウイルスの視点から、現在の生態系や地球の進化史、急速に発展した文明を見直してみることを目的としている。

(『ウイルスの意味論』 1ページ)

 

 本書が刊行されたのは2018年、新型コロナの発生前です。そのため、「ショッキングなニュース」の中には新型コロナは入っていませんが、本書で明らかにされるウイルスの生態は、新型コロナにも当てはまります。
 本書によれば、ウイルスは19世紀末に発見され、20世紀までは“病気の原因”としての研究が進んだといいます。ところが21世紀に入り、研究は新たな展開を遂げます。

 

二一世紀に入ると、ウイルス学は新たな展開の時代を迎えた。ヒトゲノム(ヒトの全遺伝情報)の解読に伴い発展した遺伝子解析技術により、ウイルスゲノムの解析が容易となり、ウイルスの生態について新たな情報が急速に蓄積しはじめたのである。そして、従来の病原体としてのウイルス像は、ウイルスの真の姿ではなく、きわめて限られた側面を見たものにすぎないことが明らかになってきている。

(『ウイルスの意味論』 1~2ページ)

 

 著者はこう語り、続く本編でウイルスの「真の姿」を明らかにしていきます。詳しくは本書をお読みいただければと思いますが、その姿は、私たちの想像をはるかに超えたものです。
 「生命体」でありながら、「物質」でもある。生物の細胞の中で増殖するが、その外ではすぐに死んでしまう。しかし条件が整えば、体がバラバラになっても復活する ―― 。
 そんな不思議な生態を持つウイルスは、陸地だけでなく海中にも天文学的な数が存在します。さらに、ウイルスの一部は私たちの健康維持に関わっている可能性もあるといいます。
 本書を一読すれば、病原体としてのウイルスのイメージは一変するでしょう。なぜこのような存在が、地球で数十億年にわたり生物と共に進化してきたのか? そんな壮大な疑問を抱かずにはいられません。なお、先述の鳥インフルエンザについても、本書はその発生のメカニズムについて解説しています。

 『ウイルスの意味論』は、知的好奇心を大いに刺激してくれる1冊です。ビジネスパーソンにとって、この本から得られる知識は仕事に直結するものではないかもしれません。しかし、新型コロナが終息せず、第2、第3のパンデミックが来ないとも限らない今の時代、教養としてウイルスの知識を持っておくことは無駄ではないでしょう。基本を理解すれば、不確かな情報に惑わされることはなくなります。もしかしたら、ウイルスの生態からビジネスのヒントが得られるかもしれません。

(編集部・小村)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2020年5月号掲載

ウイルスの意味論 生命の定義を超えた存在

ウイルスの生と死は、独特だ。天然痘やインフルエンザなど、たびたび世界的流行を引き起こしたが、細胞外では活動せず、感染力を失ってすぐ死ぬ。また近年、3万年以上も冬眠していたウイルスが、再び増殖し始めたという。本書は、単なる病原体ではなく、生命体としての視点から、ウイルスの驚くほど多様な生態を紹介する。

著 者:山内一也 出版社:みすず書房 発行日:2018年12月
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